フランス文学探訪78 「チボー家の人々」5  戦争が変えた兄弟の運命 

 ジャックはジェンニーをパリに残したままスイスに帰りますが、使命感はかえって高まり、戦争が始まってからも、反戦を呼びかけるビラを双方の前線に配るべく、仲間と飛行機に乗り込みます。
 しかし、その飛行機が事故を起こして墜落し、操縦士は死に、ジャックは重傷を負います。フランスの兵士たちはジャックをスパイと見なし、彼を担架に乗せて運びますが、敵に追われ、退却を余儀なくされる途中で、足手まといになったジャックはフランス兵士に撃ち殺されてしまいます。なんともやり切れないジャックの最期ですが、戦争とは愚劣な殺され方をするものだという作者の思いが表れているように思えます。戦争とは、罪もない多くの人を死に至らしめるものだということは、米英によるイラク攻撃を見てもよく分かります。
 一方のアントワーヌですが、彼は軍医として戦争に加わります。ところが、ドイツ軍の毒ガスを浴びて、致命的なダメージを受けてしまいます。松本サリン事件、地下鉄サリン事件を知ってから、改めてこの小説を読み直してみると、余計毒ガスに対する戦慄と恐怖を覚えます。彼は不眠と呼吸困難を覚え、声もかすれてしまいますが、結局その状態が回復することはなく、肺の状態は悪化する一方で、それが結果的に彼の命を奪ってしまうことになるのです。毒ガスの恐ろしさが浮き彫りになる結末であり、現代にも充分通じる話です。
 この戦争は登場人物たちの運命をいろいろと変えてゆきます。ジャックの友達のダニエルは、それまで画家として活躍し女性関係も父親の血を受け継いだのか、派手だったのですが、戦争で片足を失い、性的な機能もなくしたために、すっかり意気消沈し、無気力な生活を送るようになり、自殺も考えるようになっています。ダニエルの母親やジェンニー、ジゼールなどは入院している軍人たちの世話に明け暮れていますし、アントワーヌの同僚たちも戦死したり、負傷したりする者が後を絶ちませんでした。
(2003年03月21日  公開)

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