フランス文学探訪79 「チボー家の人々」6 アントワーヌの残した日記・チボー家の跡取りへの忠告  

 アントワーヌが最後に残した日記が、小説のラストを飾ることになるのですが、これがなかなか奥深い内容になっています。彼は自分の命が残り少ないことを自覚していますし、医者として、自分の体の状態を誰にもましてよく分かっているのです。彼はそれまで自らを誇り、精力的にばりばりと活動してきただけに、病気の自分との落差を覚えて、最初はショックを受けます。しかし、次第に自分の病状を受け入れ、病気になることによって、今まで見えなかったことが見えてきたと悟るようになったのです。彼は自分の未来をジャックとジェンニーの間に出来た子供であるジャン・ポールに託します。ジャン・ポールがチボー家の唯一の生き残りだっただけに、アントワーヌが彼にかける思いも並々ならぬものがありました。
 面白いのは、まだ三歳のジャン・ポールがすでに父親のジャックの性質を受け継いで、すでに反抗的な気質を見せていることです。アントワーヌは日記の中で、権威や通説にとらわれるなとジャン・ポールへのメッセージを残す一方で、自分を閉ざさないで視野を広げるようにもアドバイスします。ジャン・ポールに対してはいささか教育的なところが私には鼻につく面もあるのですが、アントワーヌの遺言だと思えば、胸を打ちます。
 毎日数多くの人間が生まれ死んでゆき、人間が日々交代する人生になんの意味があるのだと彼は自問しますが、個々の人間の命はわずかなものに過ぎなくても、現在と過去をつなぐくさりの一環として自分は存在しているのだと、その意義を悟るようになります。私などはそういうことは頭では分かっていても、死とは理不尽なものだ、人間とははかない存在だという意識から逃れられず、なかなかそういう悟った境地には立ち至ることができません。

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