フランス文学探訪82 ジイド「狭き門」2 信仰の犠牲になった二人・作者の苦悩が反映 

 相思相愛の者同士がどうして結ばれないのか、読むたびにもどかしい思いがする作品です。無宗教の私などは、アリサは信仰の犠牲になったのだと、単純に考えてしまいます。現世の幸せを求めず、天上の愛にすがろうとするのは美しいことだとはいえ、主客転倒しているような気がしてなりません。
 このアリサにはモデルがあって、ジイドが結婚したマドレーヌといういとこの女性ですが、小説の設定とよく似た状況になっています。男より年上であったこと、母親の不倫に苦しみ、余計信仰にすがることになったことなど。しかし、決定的に違うのは、マドレーヌがジイドと結婚したのに対して、アリサは結婚しなかったことです。
 この作品はジェロームが一人称で語るという形式を取っていますが、最後にアリサの日記を持ってくることによって、今までよく分からなかった彼女の心理、考えが読者の前に明らかにされるという巧みな方法を取っています。ジイドが小説という意味のフランス語である「ロマン」と名づけているのは、数多い作品の中でも、「贋金つくり」という作品だけであり、この「狭き門」も、彼は「レシ」と分類しています。これは「物語」という意味のフランス語です。
 この「狭き門」には、厳格なキリスト教的道徳に対するジイドの批判が表れているように思えます。ジイド自身、プロテスタントの厳格な家庭環境の中で育ち、それから逃れようと苦しんだ時期がありました。彼は二十四才の時にアフリカに旅行し、そこで生命の解放を得て人間的な成長を遂げました。その経験が、「地の糧」や「背徳者」という作品を生み出すことにつながったのです。ジイドは終生、個人と宗教の問題で悩み、その振幅の大きさで、いろいろな作品を書きました。
(2003年04月27日 公開)

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