関ヶ原の残党、石田世一の文学館

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zoom RSS フランス文学探訪95 サルトル「水いらず」「部屋」 人間の生理的、肉体的な面を強調 

<<   作成日時 : 2019/05/11 00:10   >>

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 「水いらず」は短編集「壁」に入っている作品ですが、至って単純なストーリーであり、女主人公のリュリュが、性的不能の夫の元を飛び出して、恋人のところに走るものの、また戻って来るというだけの話です。性的な描写が物議を醸し出した作品ですが、彼女は「人間になぜ体なんかがあるのだろう」とつぶやき、人間の体に嫌悪感を抱きます。人間の生理的な部分に注目した彼女は、人を愛することができるなら、その人の何から何まで好きになるのが本当であり、腸も肝臓も腎臓も好きになれるはずなのに、実際はそうでないことに矛盾を感じるのです。人間が生物の一員に過ぎないことを直感的にとらえた鋭い指摘ですが、彼女はそれをどうしてもマイナスのイメージで捉えてしまいます。肉体的なもの、生理的なものを嫌う彼女だけに、逆に肉体的に満たされない夫の元に帰ってゆきます。
 彼女は夫が男性的な肉体でないことにかえって安心感を持ち、その柔らかい肌を好んでいます。恋人の方は男性的な魅力を持っており、彼女の女友達も、恋人の方を選ぶべきだとしきりにアドバイスし、主人公も一時はそのアドバイスに従うのですが、夫への未練が絶ち切れず、結局元の鞘に収まってしまうのです。女友達にしたら、そういう彼女の気持ちが解せません。また、恋人も夫の元に戻ってしまった彼女のことを残念に思いますが、それは彼女には外の空気や日光が必要だと考えたからです。女友達にしろ、恋人にしろ、常識人としての考え方であり、主人公の方が変わっていると言えるでしょう。
 しかし、実存とは人間一人一人の存在のことであり、彼女のような生き方を貫いてもいいわけです。どんなに常識はずれであっても、彼女は彼女なりに自分の気持ちに正直に生きたわけで、それを他人がとやかく言うことはできません。しかし、孤高の姿ではあります。
 同じく「壁」に入っている「部屋」という小説では、逆に正常な意識をなくしている男の肉体に惹かれているために、その男と別れられない女性が出てきます。そんな彼女の姿をあさましいと言えば言えるのですが、これも彼女を非難することはできません。彼女の孤独感は深まるでしょうが、彼女の選び取った生き方を批判することはできないのです。
 両作品とも、人間という存在の生理的、肉体的な面を強調した、実存主義的な作品です。大江健三郎の初期作品も、サルトルの影響を受け、同じような雰囲気に満ちています。
(2003年10月04日  公開)

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