旅行記176 小倉旅行10 伊能忠敬測量顕彰碑・室町大橋・有川淳一氏との会食・受贈御礼「巨人軍最初の四番打者 新富卯三郎」

DSCN1017.JPGDSCN1018.JPG
常盤橋のそばには、伊能忠敬測量顕彰碑も設置されています。日本全国の地図を作成した忠敬ですが、九州では常盤橋から測量を始めています。九州での常盤橋の重要性が改めてうかがえます。忠敬が土地の測量を開始したのは、55才の時ですが、その時から200年経ったのを記念して平成13年に作られました。隠居してから事を始め、正確な日本地図を作るという前人未踏の偉業を達成した忠敬にはただただ頭が下がります。
 DSCN1026.JPG常盤橋のすぐ北に室町大橋が架かっています。火の橋と呼ばれていますが、週末や年末年始、小倉太鼓の時期には、明治時代に紫川で行われていた鵜飼の漁火をイメージした炎が橋の両側に灯されます。次回はこの炎も是非見てみたいものです。
 ここから泊っているホテルまでは五分ぐらいの距離であり、この日の小倉散策は終わりにしました。ホテルで入浴して、汗を流し、夜は小倉に住んでいるオンライン三成会会員でもある有川淳一氏と、駅前の有川氏推薦の店でもつ鍋を食べながら、歴史談義をはじめ、いろいろな話に興じました。有川氏は毛利勝永の顕彰活動に精力的に取り組んでおられます。勝永は、関ヶ原の戦いまで小倉城主を務めた毛利吉成の子です。6月に小倉で行われた「第二回 関ヶ原の戦いを再検討する」(講師 白峰旬氏・高橋陽介氏・乃至政彦氏)の世話役としても活躍されました。その講演会の内容についても、話を聴かせてもらいました。
 また彼の労作である冊子「巨人軍最初の四番打者 新富卯三郎(小倉工業高校卒業)」をいただきました。この場を借りてお礼申し上げます。新富選手の存在は知りませんでしたし、巨人軍の歴代四番打者にはカウントされていません。この冊子は新富選手の経歴、成績、活躍を丹念に追ったもので、時間をかけて調べられたことがよくわかりました。残念ながら、新富選手は終戦直前、戦死しています。
0

この記事へのコメント