三成の実像2729 白峰旬氏「新視点関ヶ原合戦」7「戦争論」での指摘を関ヶ原合戦に当てはめる3

 白峰旬氏の「新視点関ヶ原合戦」(平凡社)のプロローグで、プロイセンの将校だったクラウゼヴィッツの書いた「戦争論」の記載内容を関ヶ原合戦に当てはめて論じられており、一昨日のブログ記事の続きですが、次のように記されています。
 「戦争論」では、「戦争とは独立した事象ではなく、『常に政策のための手段』であるから、この視点から戦史を考察する必要がある、と指摘されている。
 この指摘からすると、歴史上における戦争の性格を考えるうえで、常に政治の優位性を考慮しなければならない、ということになる。その点は関ヶ原合戦を考察するうえでも例外ではなく、戦いの経過だけを検討しても関ヶ原合戦の全体像が見えてこないのは明らかである」と。
 「政治の優位性を考慮」するという点から、白峰氏の同書では、まず 第一章「豊臣七将襲撃事件はフィクションである」で、襲撃事件ではなく、訴訟騒動であると論じられていますが、この もととなった論考については、以前拙ブログで取り上げましたが、その補論「大谷吉継書状の分析」のもととなった論考「石田・毛利連合政権の発給書状についての時系列データベース(補遺)[その一]」(『別府大学紀要』60号、2019年)は、以前白峰氏からご恵贈賜わりながら、まだ取り上げていませんでした。この吉継書状は、訴訟騒動に関する新しい史料であり、三成宛と白峰氏は推定されており、三成と吉継との親密な内容をうかがわせる興味深い内容ですが、この書状については次回、詳しく取り上げます。
 次に第二章でイエズス会側の史料に基づき、慶長3年の秀吉死後から慶長5年の関ヶ原の戦いに至るまでの政局が論じられていますが、この論考についても、拙ブログで取り上げました。
 その後第三章以降で、関ヶ原合戦について、一次史料などをもとに詳述されていますが、白峰氏の同書のプロローグの最後に指摘されていることと、本章の内容とが呼応しているわけです。
「政治の優位性を考慮」するという点は、関ヶ原合戦について論じる場合、重要な点であり、今まで関ヶ原合戦に至る経緯は、家康と三成の対立を軸として論じられることが大半で、その通説の間違いを白峰氏が一次史料などに基づいて指摘されているわけですが、十分納得できる見解だと思っています。

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