旅行記192 出雲旅行6 松江城・松平神社・興雲閣・堀尾吉晴

 出雲旅行の3日目は松江散策に行ってきました。前日と同じく一畑電鉄に乗りましたが、松江しんじ湖温泉駅まで一時間程かかりました。曇り空でしたが、時々日が差し、前日とはうって変わった天候でした。まず松江城に行きましたが、天守だけでなく、城内の松平神社の隣に建つ、明治天皇の御宿所として作られた興雲閣のたたずまいも趣きがありました。
 DSCN7515.JPGDSCN7510.JPGDSCN7521.JPG天守は四年前に国宝に指定されただけあって、人々で賑わっていましたし、外国人の姿もありました。最初の藩主は堀尾氏ですが、次に京極氏に代わり、最後は松平氏でその治世が明治まで230年余り続きました。城の大部分は黒色の下見板で覆われ、白漆喰の部分はわずかでした。黒が基調だというのは、堀尾吉晴がもともと秀吉の家臣だったということが影響しているのではないでしょうか。秀吉の大坂城は黒色でしたし、宇喜多秀家の岡山城、加藤清正の熊本城もいずれも黒色です。むろん、豊臣の城が黒色、徳川の城が白色という図式に当てはまらないものもあり、研究者によって否定的な見解も出されていますが、私は基本的にはそういう図式で理解しています。
 堀尾吉晴は北条攻めの後、秀吉によって浜松城主になりますが、秀吉の死の翌年の慶長4年に隠居し、関ヶ原の戦いの際には子の忠氏が家康方に加わります。戦後、忠氏は出雲・隠岐24万石に加増転封され、吉晴も共に月山富田城に移ります。しかし、忠氏が慶長9年に亡くなったため、忠氏の子の忠晴が5歳で跡を継ぎ、吉晴が後見役としての役目を果たします。慶長16年に、新しく築城した松江城に移りますが、それを進めたのは吉晴です。そういうこともあって、松江城には堀尾吉晴の銅像が建っています。
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