旅行記191 近江旅行2 蒲生野で詠まれた額田王と大海人皇子の贈答歌 船岡山の歌碑・陶板レリーフ

今回の近江旅行は、1日の昼に彦根に到着し、ホテルに荷物を預けてから、近江鉄道で市辺駅へ行き、蒲生野あたりを回ってきました。天智7年、蒲生野で薬猟(【くすりがり】男は鹿の新たに生えかわった角をとり、女は薬草をとる行事)をした際、かつての恋人同士であった額田王(ぬかたのおおきみ)と大海人皇子(後の天武天皇)との間で次のような歌が交わされたと、「万葉集」に載っています。
 
 額田王「あかねさす紫野行き標野(しめの)行き野守は見ずや君が袖振る」(紫草の生えている野原を行ったり来たりしながら、あなたが袖を振っているのを野守が見ているではありませんか)
 大海人皇子「紫草(むらさき)のにほへる妹(いも)を憎くあらば人妻ゆゑにわれ恋ひめやも」(紫草のように美しいあなたが憎かったら、人妻なのににどうして恋しようか、いや恋しない)
 
 「人妻」とあるのは、この時、額田王は、大海人皇子の兄である天智天皇に召されて、後宮に入っていたからです。大海人皇子と額田王との間には、十市皇女(とおちのひめみこ)が生まれています。天智天皇と大海人皇子の間に、額田王をめぐって確執があったとされており、そのことは井上靖の小説「額田女王」でも描かれています。しかし、これらの歌は宴席の時の座興のものであったという見解もあり、真偽のほどは定かではありません。万葉ロマンの一つとして有名ですが。
 DSCN7600.JPGDSCN7603.JPGDSCN7610.JPGDSCN7609.JPGDSCN7608.JPG 市辺駅のすぐ北に阿賀神社があり、その近くに「蒲生野遊猟図 陶板レリーフ」が建っています。そのそばに万葉植物園があり、その奥の船岡山の頂上に歌碑が建っています。実際、蒲生野と呼ばれていたところは、万葉植物園の西側の、現在田畑が広がっているあたりだと思われます。

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