大阪探訪144 大阪外国語大学跡地に建つ大阪国際交流センター・回想  二期校で受験する予定だった大学

 上六界隈散策は、上六から上町筋を南下しましたが、上本町八丁目にある大阪国際交流センターの敷地に何十年ぶりかで少し立ち寄りました。ここにはかつて大阪外国語大学がありました。後に箕面市に移り、さらに大阪大学と統合しました。私が受験生の頃、国立大学は一期校、二期校に分かれて大阪外国語大学は二期校でした。浪人した時、二期校は大阪外大に願書を出…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像2788 高橋陽介氏の書評報告「本多隆成氏『「小山評定」再々論 家康の宇都宮在陣説を中心に』」4 「…

高橋陽介氏の書評報告「本多隆成氏『「小山評定」再々論 家康の宇都宮在陣説を中心に』」(『地方史研究』398号、2019年)の中で、通説通り小山評定があったとする本多氏の見解と、小山評定は創作だとする白峰旬氏の見解の相違について、「2015年本多論文以降、その論点はおおむね二つにしぼられている」として、まず一点目として白峰氏の「福島正則の…
コメント:0

続きを読むread more

大阪探訪143 映画探訪  半世紀前、上六映画劇場・上六地下劇場・上六大映で見た映画

 半世紀前、上六でよく通った映画館がありました。一つは今の新歌舞伎座付近にあった、一階の上六映画劇場(洋画)、地階の上六地下劇場(邦画)です。小学生新聞を取っていた時、日曜の朝に使える子供用の映画割引券が付いており、それでたくさん見ましたが、その時代でよく覚えているのは、「妖星ゴラス」(星が地球に衝突しそうになり、それをどう防ぐかという…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像2787 谷口徹氏の講演「石田三成と十三ヶ条掟書」5 三成の判のある升を使うこと

11月24日に米原市柏原の成菩提院の本堂で行われた谷口徹氏の講演会「石田三成と十三ヶ条掟書(おきてがき)」の中で、成菩提院所蔵の成菩提院村掟書の条文の現代語訳を一つずつ見ていって解説されていましたが、その続きです。  「第六条 升について  来秋からはただいま遣わす三成の判のある升を用い、従来の升を用いてはならない。先年検地衆から出…
コメント:0

続きを読むread more

大阪探訪142 大学合格報告のため清風学園に勤めていた中学校時代の担任を親友と訪ねる・過分なご馳走にあずかって恐縮…

 上六散策をした時に、久しぶりに清風学園中学・高校の前を通りました。昔と校舎がすっかり建て替わっていました。F君と自転車で大阪府立高津高校まで通学していた時は、この前を通っていましたし、二人が浪人して大学に合格した時、当時、清風学園に勤めていた、大阪市立天王寺中学校時代の担任だった林野彰先生(クラス替えがありませんでしたから、三年間担任…
コメント:0

続きを読むread more

自作短歌の周辺38 石田三成の実像2786 連作短歌「歪められた歴史」 白峰氏の新説に基づく関ヶ原合戦・権力者によ…

 軍記物による創作を真実と思ひ込みたり今に至るも  家康を活躍させむ場を無理に作り上げたり関ヶ原合戦  主戦場は関ヶ原にあらず三成ら主力部隊は「山中」に陣す  次号の短歌誌に掲載する拙歌の一部です。関ヶ原の戦いに関する新説や石田三成を題材にした歌を多数詠み、一連の短歌に「歪められた歴史」という題をつけました。新説は、専ら白峰旬…
コメント:0

続きを読むread more

大阪探訪141 子供の頃から馴染みの上六・近鉄上本町駅、近鉄デパート、結婚式を挙げた教育会館、その夜泊まった都ホテル

 小学校時代時代からの親友であるF君の家に行く前に、上六界隈をぶらりと散策しました。近鉄の上本町駅は、高校時代、F君と一緒に歩いて大阪府立高津高校に通う時、前をいつも通っていましたし(後半は自転車通学に切り替えたため、清風学園の前を通る別ルートになりましたが)、植村武先生の奈良・西ノ京の家での歌会に参加する際、F君と一緒にこの駅から電車…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像2785 中井俊一郎氏の講演「三成研究最前線 主に三成最期の500日に関して」7 豊臣政権における三成

11月2日に米原市観音寺の三成ブックカフェで行われた中井俊一郎氏の講演「三成研究最前線 主に三成最期の500日に関して」の中で、「豊臣政権の三成」について、「上杉氏、真田氏、島津氏、佐竹氏、相良氏ら『取次』大名との強固な関係」、「堺奉行・博多奉行治政にみる都市プランナーとしての能力」、「掟書にみる実務能力」、「豊臣政権諸政策と三成の関…
コメント:0

続きを読むread more

小学校からの親友との一年半ぶりの寿司屋での夕食

 一年半ぶりに、小学校時代からの親友F君に会いました。彼とは小学1・2年、5・6年生同級生、中学は3年間とも同級生、高校はクラスは違ったものの、同じ大阪府立高津高校、中学・高校は一緒に通学しました。家はお互い歩いて数分の距離でしたが、彼の家はアパートにビルに建て替わりましたが、私の生まれ育った長屋は、老朽化のため取り潰されました。  …
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像2784 谷口徹氏の講演「石田三成と十三ヶ条掟書」4 出作・入作の場合の夫米の高を規定・田畑放棄の禁止

11月24日に米原市柏原の成菩提院の本堂で行われた谷口徹氏の講演会「石田三成と十三ヶ条掟書(おきてがき)」の中で、成菩提院所蔵の成菩提院村掟書の条文の現代語訳を一つずつ見ていって解説されていましたが、その続きです。  「第四条 出作・入作の場合に相手の村に出す夫米について 給人方の百姓が蔵入地の田地を入作したときは、一石に…
コメント:0

続きを読むread more

赤穂市立歴史博物館で展示されている大石内蔵助の書状・介錯した刀・番組「偉人たちの健康診断・“忠臣蔵”」浪士たちの健…

 写真は2年前に赤穂の大石神社で撮ったものです。  若い時から「時代劇」と云えば「忠臣蔵」が一番のお気に入りだったのですが、娘の誕生日が、赤穂浪士の討ち入りの日なのも何かの縁かと思っています。むろん、旧暦と新暦とは違いますが。主君のかたき討ち、忠義などというのは封建時代の産物ですが、苦難の末に本懐を遂げるというところに、ぐっと胸に迫る…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像2783 白峰旬氏「新視点関ヶ原合戦」36 「大垣城攻防戦に関する保科正光の戦局シミュレーション」1…

白峰旬氏の「新視点関ヶ原合戦」(平凡社)の、 第四章「大垣城攻防戦に関する保科正光の戦局シミュレーション」の中で、慶長5年(1600)9月26日頃のものとされる片倉景綱宛伊達政宗消息における大垣城攻城戦の状況について、次のようにまとめられています。  「①大垣城に石田三成・宇喜多秀家・島津義弘・小西行長が籠城していることは間違いない …
コメント:0

続きを読むread more

NHKの番組「昭和の選択」山本五十六の苦悩・石田三成の実像2782 文禄の役の際の三成の苦悩

NHKの番組「昭和の選択」で連合艦隊司令長官・山本五十六の苦悩が取り上げられていました。アメリカとの戦争を回避しようとしながら、一方で奇襲作戦を立案をし、それを実行しなければならなかったこと、アメリカに打撃を与えることで半年ぐらいで講和に持ち込みたかったこと、そもそも山本はアメリカに留学してアメリカの国力を熟知しており、ロンドン軍縮条…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像2781  高橋陽介氏の書評報告「本多隆成氏『「小山評定」再々論 家康の宇都宮在陣説を中心に』」3 …

 高橋陽介氏の書評報告「本多隆成氏『「小山評定」再々論 家康の宇都宮在陣説を中心に』」(『地方史研究』398号、2019年)の中で、通説通り小山評定があったとする本多氏の見解と、小山評定は創作だとする白峰旬氏の見解の相違について、「2015年本多論文以降、その論点はおおむね二つにしぼられている」として、まず白峰氏の「福島正則の7月19日…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像2780 大阪府立茨田高校の元同僚との伏見城跡巡り2 治部池・伏見城の大手門跡・明治天皇陵・天皇、皇…

 11月26日、伏見桃山城の紅葉を見た後、伏見城内の石田三成の屋敷である治部少丸があったそばを通りましたが、屋敷の北側にあった堀の遺構と思われる、治部池を柵越しに見て(わずかに見えるだけですが)、そのことを説明しました。  この治部池が見える道は、今まで 二十回以上は通っているのですが、28日に天皇・皇后が明治天皇陵に参拝される際には…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像2779 大阪府立茨田高校の元同僚との伏見城跡巡り1・丹波橋駅から下板橋通を東へ・伏見桃山城の紅葉

 拙ブログで何回か伏見城跡や模擬天守の伏見桃山城を取り上げてきましたが、11月26日に大阪府立茨田高校の元同僚三人と木幡山伏見城跡・城下町跡を少し巡ってきました。私が案内役を務めました。午後、京阪丹波橋駅で集合し、下板橋通を東に進み、まず伏見桃山城運動公園へ行きました。   丹波橋駅付近は秀吉の時代に田中吉政の屋敷があったところです。…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像2778 谷口徹氏の講演「石田三成と十三ヶ条掟書」3 夫役の基準の明確化・触れ歩きの者を使用する規定…

 11月24日に米原市柏原の成菩提院の本堂で行われた谷口徹氏の講演会「石田三成と十三ヶ条掟書(おきてがき)」の中で、成菩提院所蔵の成菩提院村掟書の条文の現代語訳を一つずつ見ていって解説されていました。  「第一条 夫役(ふえき)としての詰夫(つめふ)について  詰夫は高千石について一人の割合で出す。これ以上に人夫を遣うときは、必要な…
コメント:0

続きを読むread more

庭のイヨカン・ネーブル・庭に実用的な木ばかり植えた藤市(「日本永代蔵」の「世界の借家大将」・「古典文学探訪55」の…

 今年は庭木にイヨカン8個、ネーブル2個が生ったので、11月に収穫して部屋に並べておきましたが、先日、初めてイヨカンを一つ食べてみました。少々酸っぱいものの、味は悪くなく、充分果物として食べられます。プランターでキュウリやナス、プチトマトなどを育てたこともありますが、ここ何年かは怠っています。ネギは植えて、時々料理に使っていますが。 …
コメント:0

続きを読むread more

京都探訪305「ヌーベルバーグKYOTO」のランチ・グラノーラコーンに入っている京野菜・名物のタルトタタン・皿に往…

 京都国立近代美術館の「円山応挙から近代京都画壇へ」展を見に行く前に、先に夫婦で昼食を取りました。地下鉄京都市役所前駅近くにある「ヌーベルバーグKYOTO」のランチです。まず京野菜のオードブルが出ましたが、グラノーラコーンに入っており、こういうオードブルは見たことないので、新鮮に映りました。メインは選べたので、白身魚のドリアのグラタンに…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像2776 白峰旬氏「新視点関ヶ原合戦」35 「大垣城攻防戦に関する保科正光の戦局シミュレーション」1…

 白峰旬氏の「新視点関ヶ原合戦」(平凡社)の、 第四章「大垣城攻防戦に関する保科正光の戦局シミュレーション」の中で、慶長5年8月29日付の二通の保科正光書状が取り上げられ、その内容について次のようにまとめられています。  「8月末の時点における石田三成方の軍勢と家康方の軍勢の極度に緊張した軍事状況下において、大垣城攻城戦が今後どのよう…
コメント:0

続きを読むread more

京都探訪304 「円山応挙から近代京都画壇へ」展 応挙の襖絵・呉春から始まる四条派

京都国立近代美術館で開催中の「円山応挙から近代京都画壇へ」展を夫婦で見に行ってきました。会場はたいそう賑わっていました。応挙から始まる円山派、呉春から始まる四条派の画風は、京都近代画壇に受け継がれ、竹内栖鳳、上村松園などを生みましたが、それらの数々の画家の作品が多数展示されていました。とりわけ目を引いたのは、兵庫県美方郡香美町香住の大乗…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像2775 谷口徹氏の講演「石田三成と十三ヶ条掟書」2 太閤検地に若い頃から携わる・施策が幕府に受け継…

 11月24日に米原市柏原の成菩提院の本堂で行われた谷口徹氏の講演会「石田三成と十三ヶ条掟書(おきてがき)」の中で、三成も深く関わった太閤検地について、次のように述べられていました。  「刀狩令などとともに秀吉政権が実施した重要施策の一つ。これまでの『村の武士』などの中間得分(ちゅうかんとくぶん)を否定して、耕作者と領主との1対1の関…
コメント:0

続きを読むread more

京都探訪303 「開晴亭」のランチ・一口カレー・パンは「進々堂」のもの

 京都コンサートホールでのコンサートは午前中だったので、その後、近くの北山通の「開晴亭」に夫婦で入り昼食を取りました。以前も訪ねたのですが、満員で待っている人も多いため諦めました。今回は時間が少し遅めだったせいか、すぐに入れました。  リーズナブルなランチを食べましたが、アミューズ(ワカサギのエスカベッシュ【洋風南蛮漬け】)、マッシュ…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像2774 谷口徹氏の講演「石田三成と十三ヶ条掟書」1 農民支配の集大成

11月24日に米原市柏原の成菩提院の本堂で行われた谷口徹氏の講演会「石田三成と十三ヶ条掟書(おきてがき)」の中で、三成が湖北四郡19万4000石を領する佐和山城主になったのは、文禄4年(1595)8月、三成が領内に掟書を発布したのは、翌文禄5年3月1日のことであり、この掟書は、「豊富な検地奉行の経験などを通して民心を熟知した石田三成が、…
コメント:0

続きを読むread more

音楽探訪35  京都探訪302 京都コンサートホールの「おんがくア・ラ・カルト 『聞かせてよ、愛の言葉を』」 谷村…

11月29日、京都コンサートホールでの「おんがくア・ラ・カルト」を聴きに行ってきました。今回はソプラノ歌手の谷村由美子さんによる「聞かせてよ、愛の言葉を」と題する声楽でした。ピアノ演奏は宋和映さん、ナビゲーターはコンサートホールの高野裕子さんでしたが、三人とも京都市立芸術大学出身で、フランスに留学経験を持つという共通点があり、歌われた曲…
コメント:0

続きを読むread more

旅行記205 11月2度目の近江旅行7 石田三成の実像2773 徳源院・京極家墓所

 11月24日、米原市の成菩提院での三成会議のイベントは午前中だったので(谷口徹氏の講演「石田三成と十三ヶ条掟書」の内容については後述します)、その後、一人、京極家の墓所がある徳源院を訪ねました。歩いて二十分余りですが、何年か前にも訪ねたことがあります。紅葉を見に来ている人々もいましたが、はや散り始めていました   京極家初代の氏信が…
コメント:0

続きを読むread more

旅行記204 11月2度目の近江旅行6 石田三成の実像2772 成菩提院の「三成会議」1「乙訓戦国つつじ」のメンバ…

 佐和山城跡ののろし駅伝・いしだみつにゃん誕生祭の翌日は、米原市柏原の成菩提院で三成会議のイベントが開かれました。私が行った時には、三成マンホールデザイン表彰式は終わっており、「乙訓戦国つつじ」のメンバーによる甲冑劇が始まっていました。三成の少年期から、成長して秀吉のもとで活躍し、関ヶ原の戦いで敗れて処刑されるまでを三十分という短い枠の…
コメント:0

続きを読むread more

旅行記203 11月2度目の近江旅行5 石田三成の実像2771 いしだみつにゃん誕生祭3・田附清子氏の講演「三成の…

  写真はいしだみつにゃん誕生祭の際の時の昼食を撮ったものです。売り切れているかと思ったのですが、まだありました。かやくご飯(全国的には炊き込みご飯と言いますが)、しじみ汁、お茶のペットボトル、それに三成の辞世の歌とされる「散り残る紅葉」の和歌が記されたボールペンが付いていました。  誕生祭の〇✕クイズで、「近江鉄道のいしだみつにゃ…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像2771  高橋陽介氏の書評報告「本多隆成氏『「小山評定」再々論 家康の宇都宮在陣説を中心に』」2 …

高橋陽介氏の書評報告「本多隆成氏『「小山評定」再々論 家康の宇都宮在陣説を中心に』」(『地方史研究』398号、2019年)の中で、通説では家康が諸将と小山評定を開き、上杉攻めを中止して上方にいる三成らを討つことを決めたとされる日には宇都宮に在陣していたとする白峰氏の見解について、家康が江戸を出発してから再び江戸に戻るまでの15日までの日…
コメント:0

続きを読むread more

旅行記202 11月2度目の近江旅行4 石田三成の実像2770 いしだみつにゃん誕生祭2・田附清子氏の講演「三成の…

 写真は11月23日の午後に彦根の佐和山会館で行われた、いしだみつにゃんの誕生祭のバースディーケーキです。みつにゃんには色紙やきつねのぬいぐるみもプレゼントされていました。家康が「たぬき」と呼ばれているのに対して、三成は「きつね」と言われることがよくあるのにちなんだ贈り物です。  さて、その時に行われた 田附清子氏の講演「三成の歌~辞…
コメント:0

続きを読むread more