京都探訪310 恵解山古墳 五世紀前半の前方後円墳・山崎の合戦の際、明智光秀が本陣を置いたとされるところ

DSCN8367.JPGDSCN8368.JPGDSCN8382.JPGDSCN8371.JPGDSCN8374.JPG 5日、勝竜寺城公園からさらに十数分程南に歩いて、恵解山(いげのやま)古墳へ行きました。ここは山崎の合戦の際、明智光秀が本陣を置いたところとされています。史料には「御坊塚」という名前で出てくるのですが、それは恵解山古墳のさらに南にある境野一号墳という説もあるものの、恵解山古墳という説が今は有力のようです。
 光秀はこの場所で陣頭指揮を取り秀吉軍と戦いましたが、敗色濃厚になって、勝竜寺城公園に一旦退きました。大河ドラマ「麒麟がくる」紀行では、光秀ゆかりの場所として、勝竜寺城公園や恵解山古墳も紹介されるに違いありません。
 五世紀前半に作られた前方後円墳ですが、古墳公園として整備されています。埴輪がずらりと並べられ、趣きがあります。後円の部分は、以前から墓地になっており、関係者以外立ち入り禁止になっています。前方の高台の部分に、光秀本陣跡を示す説明パネルがあります。秀吉が本陣を置いた天王山は、すぐ近くに見えます。天王山には二度登りましたが、秀吉側から見ていた風景を目にし、今回は逆に光秀側から見ていた風景を目にし、しばし感慨に浸りました。むろん、四百年余り前とは風景は大きく変わっていますが。
 

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