京都探訪306 初詣は一言寺・建礼門院に最期まで仕えた阿波内侍が創建と伝わる・寺の名前が入った御詠歌

DSCN8301.JPGDSCN8293.JPG 今年の初詣は、歩いて二十分程の一言寺(いちごんじ)へ行きました。坂を上り、さらに階段を上がれば、境内です。門のところからの眺望もよく、京都の街も望めます。坂を上がらず、さらに北に十五分程歩けば醍醐寺に行き着けます。
 一言寺の創建については、寺の掲示板に次のように記されています。
 「高倉天皇の中宮・建礼門院徳子に仕え、『大原女(おおはらめ)』のモデルとも言われる阿波内侍(後白河天皇の側近である藤原信西の娘)によって創建された」と。
 藤原信西は、保元の乱の後、権勢をふるいましたが、長くは続かず、平治の乱で殺された人物です。阿波内侍は、信西の娘とも孫とも云われています。建礼門院は平清盛の娘で、高倉天皇の中宮となり、安徳天皇を生みます。壇ノ浦の戦いで平家が敗れた際、建礼門院は入水しますが、命を救われ、京都大原の寂光院で隠棲します。建礼門院に死ぬまで付き添ったのが、阿波内侍と言われています。彼女が大原女のモデルと云われるのは、彼女が山に柴を刈りに行く姿を真似たのが、大原女だという説があるからです。 
DSCN8295.JPG「ただたのめ 佛にうそは なきものぞ 二言といわぬ 一言寺かな」という御詠歌があり、本尊の千手観音に「一心に祈れば、一言だけなら願う事が叶う、ということで多くの信仰を集めている」ということも掲示板には記されています。
 ここ最近の初詣は、近くの寺社へ行くことが多く、三が日が過ぎてから、その年の干支にちなんだ寺社にお参りしています。三が日は、初詣客で混みあうので避けるようにしています。一言寺には、地元の住民の人々が参拝に来ていましたが、境内は静かなたたずまいでした。 

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