京都探訪309 勝龍寺城公園3 藤孝と光秀は本能寺の変までは親密・石垣の遺構・山崎の合戦後、城の北門から光秀は逃亡

細川藤孝が、信長によって勝竜寺城の城主に任じられたのは、元亀2年(1571)のことであり、藤孝は城を整備しますが、藤孝は天正9年(1581)、丹後に転封になります。その翌年、本能寺の変が起こりますが、細川藤孝・忠興は、光秀の味方をせず、藤孝は剃髪しますし、家督を忠興に譲ります。それまで、藤孝と光秀の関係は親密だったことが、資料館の映像で…
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