旅行記220 日本文学探訪127 オンライン三成会の人々との徳島・淡路島旅行15 瀬戸内寂聴さんの実家・記念碑「いっちょら」・出家と「源氏物語」

DSCN8859.JPGDSCN8873.JPGDSCN8875.JPGDSCN8876.JPG 先月24日、阿波おどり会館から南に歩き、瀬戸内寂聴さんの実家である仏壇屋の前を通ってから、新町川沿いにある寂聴記念碑を見に行きました。記念碑の建っているあたりは、寂聴さんが子供の頃に遊んだところだそうです。記念碑は「いっちょら」と名付けられており、彫刻家の流政之氏の作品です。「いっちょら」は徳島弁で一番の晴れ姿の意味で、関西では「いっちょうら」と言い方をします。香川県産の庵治石が鳥居式に組まれており、小説「花芯」をイメージしているそうです。
 寂聴さんの法話には、人生観に裏打ちされた説得力があり、それが聴く者の心に響きますが、彼女が出家したのは、人間の業(ごう)の深さを自ら悟ったからではないかと私は見ています。彼女は若い頃、夫と娘を置いて、男と駆け落ちしたという出来事を起こして、それが大きな転機となって作家活動を始めますが、センセーショナルな小説を次々と書いていきます。人間が本来的に持つ愛欲というものをテーマにしたものが多いのですが、その救いを仏教に求めたのではないでしょうか。彼女が「源氏物語」の現代語訳を精力的に続けたのも、その作品が持つ仏教的な思想に共感したからだと思っています。
 光源氏は幼くして亡くなった母の桐壷の更衣に対する思慕の思いから、父の桐壷帝の後妻となった、桐壷の更衣によく似ている藤壺の女御に好意を持ち、男女の関係を結んでしまいます。二人に不義の子も生まれてしまいます(その子が後に天皇になります)が、藤壺の女御は罪の意識に駆られて出家します。さらに後年、光源氏は、正室に迎えた女三の宮が不倫を働き、やはり不義の子(それが「宇治十帖」の主人公の薫大将)が生まれます。源氏の長年の愛妻だった紫の上は、そのことを気に病み亡くなってしまい、源氏も出家してしまいます。因果応報的な内容で、そこからの救いをいかに求めるかがテーマとなっています。

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