旅行記222 オンライン三成会の人々との徳島・淡路島旅行17 興源寺の蜂須賀墓所・正勝は野盗だったというのは作り事

DSCN8904.JPGDSCN8892.JPGDSCN8882.JPGDSCN8907.JPG2月24日、徳島市内めぐりの最後に、興源寺の蜂須賀家墓所を訪ねました。徳島城跡の北側を東西に流れているのが助任川ですが、そこを越えて、さらに北に十分程歩いて行ったところにあります。
 DSCN8885.JPG 蜂須賀家の家祖の正勝と松夫妻の墓だけ離れたところにありますが、徳島藩の藩祖である家政や初代藩主の至鎮をはじめとして歴代藩主などの墓は、広い敷地の中に並んで立っています。蜂須賀正勝は小六という名で有名ですが、秀吉の家臣となりました。「太閤記」などで、小六は野盗と表現されたため、蜂須賀家は長くその汚名を着せられてきましたが、野盗だったというのは作り話です。
家政は関ヶ原の戦いの際、隠居しましたから、江戸時代の徳島藩の初代藩主は、家康方に就いた子の至鎮になり、家政は藩祖としての位置づけがされているわけです。家政が豊臣公儀側として関ヶ原の戦いに参加しなかったのは、慶長の役の際に、家政が蔚山城籠城戦の際に、敵を追撃しなかったことなどを目付役の福原らが秀吉に報告したために処分されたため、家政が三成ら奉行衆に不満を募らせたからですが、三成は福原の報告を無視することもならず、現地で苦労している家政らの気持ちもわかっていたはずですから、心に苦しいものがあったに違いありません。
 この後、徳島駅前に戻り、午後3時20分発の高速バスで京都に戻りました。

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