旅行記223 オンライン三成会の人々との徳島・淡路島旅行18 洲本城に柴右衛門狸を祀る祠 落語探訪 桂米朝さんの「まめだ」と似た点

DSCN8782.JPG 洲本城の本丸跡に芝右衛門狸を祀る祠があります。芝右衛門狸はこの山に住んでいたとされる狸で、次のような伝説があります。この狸は人に化けて浪速の中座まで船で芝居見物に行き、木の葉で木戸銭を払っていましたが、芝居小屋の人の知るところとなり、番犬に襲われて殺されてしまいます。その後、中座の人の入りが悪くなったので、中座に芝右衛門狸を祀ると、客の賑わいが戻りました。洲本に祠をつくるにあたっては、藤山寛美さんらが寄進しています。私らの世代で中座と云えば、寛美さんの松竹新喜劇ですが、寛美さんが逝去し、中座もなくなってしまったのは寂しい限りです。
 寛美さんが亡くなって早いもので、今年で三十年になります。寛美さんが存命中は、関西では、毎週土曜と日曜に、中座中継があり、必ずといっていいほど、見ていました。寛美さんが巧みにセリフに時事ネタを盛り込んで、観客の笑いを取っていたことを懐かしく思い出します。寛美さんは最期の方は、中座に泊まり込んで、松竹新喜劇に情熱を注ぎこんでいました。亡くなる半年前に、中座での公演を見たのが、寛美さんをなまで見た最後になります。そういう中座に関わりのある芝右衛門狸には、親近感を覚えます。
 狸がお金の代わりに木の葉を払って人をだましていたという話は、桂米朝さんの落語「まめだ」にも出てきます。怪我をした子たぬき(まめだ)が、傷を治す膏薬を買いに来た時に、お金代わりに木の葉を渡していたというものです。この落語は、三田純市氏が創作し、米朝さんが1966年に初演したものですが、まめだに怪我をさせたのが、芝居小屋で演じている歌舞伎役者ですから、芝右衛門狸が芝居見物に行ったという点、芝右衛門狸もこのまめだも最後、亡くなってしまう点で、似たような点があります。この芝右衛門狸の話が、「まめだ」という落語を生み出すのに大きなヒントになった可能性もあるのではないでしょうか。むろん、話の大筋も展開も大きく異なってはいますが。
 今から六年前に、「まめだ」の直筆原稿の台本が米朝さんの家から発見されたという新聞記事が出ていました。米朝さんは、台本に独自の脚色を加え、秋らしい哀愁のある話に仕上げていて、さすがだという気がしました。このまめだは、貝殻に入った膏薬の貼り方を知らなかったので、それがあだとなって亡くなったという話になっており、一層哀れさが募ります。私の子供の頃には、まだ貝殻に入った膏薬を使っていましたが、今の若者はほとんど知らないので、この話はわかりにくいかもしれません。郷愁にも誘われる、なんとも味わいのある、すっかり古典落語の範疇に属する名作です。

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