石田三成の実像2839 中西豪氏・白峰旬氏「最新研究 江上八院の戦い」23 実戦状況に関する白峰氏の考察14 兵科別編成部隊の存在

 中西豪氏・白峰旬氏の共著「最新研究 江上八院の戦い」(日本史史料研究会)の、白峰氏が担当されている「第四章 江上八院の戦いの実戦状況」の中で、立花勢の小野和泉守、立花吉左衛門、十時源兵衛が後日申し上げた「覚」に基づいて、「兵科別編成部隊の存在」について考察され、次のようなことが指摘されています。
 「敵味方ともに兵科別編成の部隊(敵は弓組〔部隊〕、味方の立花吉左衛門の軍勢には弓組、鉄炮組〔部隊〕)が存在したと考えられるが、小野和泉など江上八院の戦いで戦った立花勢が敵の横矢により大損害を出したことを考慮すると、江上八院の戦いで戦った立花勢(立花吉左衛門の軍勢は除く)には、最初の鉄炮戦をおこなった鉄炮組(部隊)は存在したが、弓組(部隊)は存在しなかったという想定もできよう。
 立花吉左衛門の軍勢の兵科別編成の部隊(弓組、鉄炮組〔部隊〕)の江上への到着が間にあわなかったのは、装備や準備の関係で遅れたのかもしれないが、飛道具(弓・鉄炮)で重武装した敵に対しては、飛道具(弓・鉄炮)でしか対抗できない(白兵戦を挑むことができない)、ということを示しており、この点を考慮すると、飛道具(弓・鉄炮)VS飛道具(弓・鉄炮)という戦いの構図が想起される。
 とすれば、敵が飛道具で重武装する(飛道具を隙間なく構える)以前の段階では、すさまじい白兵戦が展開されたが、その白兵戦に決着が付き、敵が飛道具で重武装して完全な迎撃体制を整えると、もはや飛道具(弓・鉄炮)なしに白兵戦を挑むことができないという意味にとらえることができる」と。
 関ヶ原の戦いでもすさまじい白兵戦が宇喜多秀家隊と福島正則隊との間で展開されたことが、生駒利豊書状に記され、その内容について、白峰氏が「新解釈 関ヶ原合戦の真実」(宮帯出版社)の中で論じられています。もっとも、福島隊が白兵戦で勝利した後、「飛道具で重武装して完全な迎撃体制を整え」たということは記載がなく、関ヶ原の戦いでもそういうことが行われたかどうかはわかりません。
 また「最初におこなわれた福島隊と宇喜多隊の鉄砲の撃ち合いでは、敵を殺傷したという記載はない」こと、「鉄砲隊の撃ち合いのあとは、すさまじい白兵戦(大乱戦)が展開したこと」、「戦場で使用した武器として鉄砲、刀、鑓の使用は記載があるが、弓矢の使用については全く記載がない」ことなども記されています。
 こういうことからすれば、関ヶ原の戦いと江上八院の戦いとは、その戦いの進行状況、様相が違っていたことがわかります。白峰氏の「新解釈 関ヶ原合戦の真実」では、細川忠隆の軍勢の「首注文」からも、関ヶ原の戦いにおける細川家軍勢の白兵戦や「備え」の編成について考察が加えられていますが、これについては後述します。

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