旅行記224 37年前の中国研修旅行 その時に発行した文集「朱華」・「古都西安」と題する拙文

 亡父が太平洋戦争の時、兵隊として武漢に行ったので、かねがね一度訪れたいと思いながら、果たせないままです。新型コロナウイルスは、武漢で発生したと云われていますが、中国当局が最初のうちはそのことを隠蔽していたため、感染が広がってしまったという見方が専らです。これも一党独裁の弊害で、最近、ますますその傾向が強くなっています。
もっとも、日本政府の新型コロナウイルスに対する対処が甘かったということも、初期の段階で感染を防げなかった原因ではないでしょうか。日本政府が習近平国家主席を4月に国賓に呼ぶということを控えていた事情もあって、中国に気を遣い、入国に制限をかけることが遅れたことは否めません。
 DSCN8939.JPG 中国に行ったことが37年前に一度だけありますが、大阪府高等学校国語研究会主催の研修旅行で、二週間かけて、上海、杭州、蘇州、西安、洛陽、曲阜、泰山、北京、万里の長城などをめぐりました。戻ってから、参加者に紀行文や随想、短歌などを書いて出してもらい、「朱華」と題する文集としてまとめました。私も編集委員の一人として加わり何回か会議を重ねました。
DSCN8944.JPG 私が書いたのは「古都西安」と題する紀行文でした。まず上海が、人であふれ雑然とした感じながら、エネルギッシュで民衆の生命力と陽気さに満ちている点で、大阪に似た雰囲気であったのに対して、西安は歴史と伝統の重みに支えられ、しっとりとした落ち着きを感じさせるという点、学生の街だという点で京都を彷彿とさせる街だったという印象を述べました。日本語を専攻している中国の男子学生に話しかけられ、流暢できれいな日本語に感心し、立ち話にしばし興じたたこと、大阪府立茨田高校の卒業生で語学研修に来ている女子学生とばったり出くわし、思わぬところで再開を果たしたことにも触れました。また陜西博物館、半坡博物館、兵馬俑博物館の規模の大きさ、長い歴史の厚みに感嘆したこと、昔の日本の学僧や留学生が、唐の都の長安に驚嘆したように、西安で、大きな発想、スケールでものを考える中国に学ぶべき点はまだまだ多いと感じ入ったことなども記しました。
 今から思えば、日中友好のムードが漂っていた、ある意味、良い時代でした。今の独裁的な中国の状況なら、新型コロナウイルスが収束しても、行く気になれませんが。

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