石田三成の実像2830 中井俊一郎氏の講演「書状から読み解く三成の人間力」18 まとめとして  三成を否定的に評価する史料も検討する必要性

中井俊一郎氏による講演会「書状から読み解く三成の人間力」のまとめとして、次のようなことが挙げられていました。
「後世の逸話評価ではなく、同時代の書状から、三成の実像、その人間力を考察した」
 「同時代書状から、三成の『人間力』を肯定的に評価可能な書状を多く指摘することができる」
 「ただし今回評価の対象にしたのは、三成自身または三成に近しい人たちの書状であるため、三成を否定的に評価する史料も含めての評価も、今後実施すべきことが望ましいと考える」と。
 確かに、三成については、これまで江戸時代の書物に出てくる逸話のたぐいが語られることが少なくありませんでした。秀吉に取り立てられたきっかけとされる三献茶の話、加増の代わりに淀川や宇治川の葦を刈り取る権利をもらったこと、洪水の時、大坂城の米俵を積み上げ土嚢代わりにして堤防の決壊場所を塞いだこと、処刑される時に柿の差し入れを体に悪いと断ったことなど、枚挙にいとまがありません。
 これらのことは史実とは確認できないものの、むろん、三成の才知や、最後まで大義を貫こうとした姿勢を語るエピソードとして世に広まっており、そのことを無下に否定することはできません。
 中井氏は、三成が実際に書いた書状に注目し、その実像、人間力に迫ろうとしておられ、そのアプローチの仕方は正しいと云えます。現在、白峰旬氏や高橋陽介氏などによって関ヶ原の戦いなどについての見直しが進んでいるのも、書状など同時代史料の検討や分析によってです。
 もっとも、中井氏も指摘されているように、「三成を否定的に評価する史料も含めての評価も、今後実施すべきことが望ましいと考える」という点は確かにその通りであり、三成のひいきの引き倒しになってはいけないと思います。
 たとえば、島津家に対しては、三成は取次として秀吉との間を取り持つだけでなく、厳しい指示や指南も行なっています。しかし、それは島津氏の大名としての基盤を固めて、豊臣大名家として存続させようとするためでした。島津家は危機的な状況にあり、三成の介入がなければ、とんでもないことになっていた可能性もあります。
 三成に否定的な史料をよく吟味・検討する必要性を感じます。たとえば、利休切腹事件の時に、三成が利休の妻子を蛇責めにして殺したという噂があることが、当時の日記の「兼見卿記」に記されていますが、実際利休の妻は生き延びています。こういう三成が事件に関与したという記述に関して、谷徹也氏の「総論石田三成」の中で、「秀吉による処罰を快く思わない人物が少なからず存在し、そうした悪評の代表者として三成の名が真実味をもって語られたことは確かだと言える」と指摘されています。三成に否定的な史料は、多分にそういう面が作用してのものだという気がしますし、どこまで本当なのか今後検証してゆく必要があります。

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