音楽探訪42 83歳の加山雄三さんの歌う「海・その愛」・5年前の新聞記事・中学1年の時に見た「海の若大将」「エレキの若大将」

 逗子マリーナでの無観客イベント「加山雄三の新世界」の様子が、BS朝日の番組「歌っていいだろう」で放送されていました。若いアーティストたちが、加山さんの名曲を取り入れそれを新たな世界に構築し直した歌を歌っていましたが、加山さん自身も「海・その愛」を熱唱していました。加山さんの海に対する思いがよく表れている曲で、海が「あしたの希望」や「やすらぎ」を与えてくれる大きな存在であり、「夢を持とう」と歌い上げるなど、こういう時代だから余計にこの歌が心に深く響き、何回も聴き直しました。「永遠の若大将」も83歳になりますが、これからも元気な姿で歌を歌い続けてほしいものです。
 ちなみに、今回のイベントでは「海・その愛」は歌うだけでしたが、私が好きなのは、加山さんがピアノを弾きながら、高らかに歌う姿であり、余計、壮大な感じがします。
 逗子は、小学校からの親友のF君が東京の会社に就職して、独身の時に住んでいたところで、私も泊めてもらったことがありますが、当時、彼は何人かの仲間と共にクルーザーに乗っていました。むろん、彼も「若大将」に憧れていたからでした。
 私にとっては、「明」の加山雄三さん、「暗」の中島みゆきさんの曲はどちらも欠かせないものです。むろん、「明」「暗」という単純な割り切り方はできない面もあるのですが。
 DSCN9460.JPG 写真は5年前の新聞記事です。加山さんは80歳になった時には、自分で作った船で七つの海を渡るという夢を持っていましたが、残念ながらまだ実現していませんし、愛用の船「光進丸」も焼失するという不幸な出来事にも見舞われました。しかし、それにめげず前向きに進んでゆくのが、「永遠の若大将」らしいところです。
 加山雄三さんを知ったのは中学一年の時、映画館で「海の若大将」を見たのが最初でした。怪獣映画と二本立てで、「若大将」の大学生活が輝いて見え、憧れを覚えました。水泳部に属して活躍し、「恋は紅いバラ」を歌い、船を操縦し(その時の撮影に使われていたのが、初代の「光進丸」でした)、恋を成就させます。
 さらに次の「エレキの若大将」では、アメリカンフットボール部で活躍し、エレキ大会ではギターを弾きながら「夜空の星」を歌って優勝し、恋人の前で「君といつまでも」を歌います。「君といつまでも」は300万枚以上売れ、その年の最大のヒット曲となりましたが、レコード大賞を受賞しなかったのに不満を覚えたのを今でもよく覚えています。これにはいろいろな事情があったのかもしれませんが、加山さん自身はそのことについて後に、自分は俳優であり歌手ではないから、受賞できるはずがないという意味のことを話していました。当時は歌手と俳優がはっきり分かれていた時代ですから、そういう面もあったのかもしれません。
 

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