「ドクターキリコになりたい」と投稿していた容疑者の医師としての資質のなさ・拙ブログの「漫画探訪」よりの再録ー「キリ…

ALSの患者に対する嘱託殺人容疑で逮捕された医師の一人が「ドクターキリコになりたい」とツイッターに投稿したとみられるということが報道されていました。「ドクター・キリコ」は手塚治虫さんの「ブラックジャック」の中に出てくる安楽死を請け負う医師ですが、「キリコ」については、ブラックジャックと対比する形で、12年前の拙ブログで3回にわたっ…
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石田三成の実像2901 中西豪氏・白峰旬氏「最新研究 江上八院の戦い」48 中西氏「第一章 龍造寺・鍋島氏にとって…

 中西豪氏・白峰旬氏の共著「最新研究 江上八院の戦い」(日本史史料研究会)の、中西氏が担当されている「第一章 龍造寺・鍋島氏にとっての『関ヶ原』、江上八院の戦い」の中で、領国にいた鍋島直茂が、関ヶ原の戦い本戦の結果を知った後の立場について、次のように記されています。  家康に「征伐される可能性に鑑み、直茂は佐賀城外の八戸に今も地名に残…
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受贈御礼 白峰旬氏「『(慶長5年)8月21日付山村良勝・千村良重宛大久保長安書状』について」「『戦功覚書』としての…

 白峰旬氏から最近の御論考「『(慶長5年)8月21日付山村良勝・千村良重宛大久保長安書状』について」(別府大学紀要)「『戦功覚書』としての『本城惣右衛門覚書』(その1)ー本城惣右衛門は下級武士なのかー」(別府大学大学院紀要)をご恵贈いただきました。この場を借りてお礼申し上げます。  これらの論考は「別府大学機関リポジトリ」でネット検索…
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石田三成の実像2900 図録「特別展『唐入り』の時代ー秀吉の大陸出兵と大名たちー」29 「小早川並御一門系図」 秀…

 徳島市立徳島城博物館発行の図録「特別展『唐入り』の時代ー秀吉の大陸出兵と大名たちー」の「第2部 諸大名の『唐入り』」の中で、小早川氏に関係したものとして、「小早川並御一門系図」が掲載されており、次のように解説されています。  「小早川隆景と毛利氏一門について、近世の毛利氏内部で編纂された系図。隆景に関しては毛利氏時代の戦功から、大名…
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大阪探訪41 番組「ラニーノーズ&野性爆弾くっきー!が大阪を元気にする曲を本気で作ってみた」 大阪的な言葉を取り入…

  毎日放送の番組「ラニーノーズ&野性爆弾くっきー!が大阪を元気にする曲を本気で作ってみた」でラップ調の言葉遊び的な、なかなかユニークな曲「大阪ええ街シシNon Nоn」を作って披露していました。漫才コンビ「見取り図」も作成にかかわり、盛山さんも歌に加わっていました。  「ラニーノーズ」は昨年の歌ネタ王ですが、新たな音曲漫才の世界を開…
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石田三成の実像2899 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」7 水野伍貴氏「徳川家康の戦い」5 家康の婚姻問題を…

白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の水野伍貴氏の「徳川家康の戦い」の中で、家康の婚姻問題に関して、糾明使が派遣されたことが記されていますが、次のように述べられています。  「家康の縁組みに対して、正月19日に四大老・五奉行から糾明使が派遣されている(『言経卿記』)。これまで家康と対立軸にあった毛利・四奉行に、前田利家と…
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授業のマクラで使った「おしゃべり用心理ゲーム」 海・砂漠・ガラスのコップ・コーヒー、三つの動物

 かつて、授業のマクラで心理ゲームをやったことがありますが、生徒は結構楽しんで取り組んでいました。心理ゲームはカセットブック「おしゃべり用心理ゲーム」に収録されているものを使いましたが、「劇団第三舞台」の団員が出演しています。  実際に使った心理ゲームの一つは、次のようなものです。  「海があなたの前にあります。あなたの気持ちを言っ…
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石田三成の実像2898 中西豪氏・白峰旬氏「最新研究 江上八院の戦い」47 中西氏「第一章 龍造寺・鍋島氏にとって…

 中西豪氏・白峰旬氏の共著「最新研究 江上八院の戦い」(日本史史料研究会)の、中西氏が担当されている「第一章 龍造寺・鍋島氏にとっての『関ヶ原』、江上八院の戦い」の中で、領国にいた鍋島直茂が、関ヶ原の戦い本戦の結果を知った後の立場について、次のように記されています。  「関ヶ原本戦での東軍大勝利の報が届いて以降も、勝茂の処分が定まるま…
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落語探訪 桂枝雀さんの落語「日和ちがい」のマクラの壮大さと面白さ

 月亭方正さんが最初に聴いた桂枝雀さんの落語は「高津の富」ですが、彼が枝雀さんの落語の魅力に取り付かれたのは十分納得できます。枝雀さんの落語のレコードは何枚か持っていますが、彼の落語の本当の面白さは、目で見ないとわかりません。テレビ番組からビデオテープに録画し、さらにDVDにダビングしたものも何本か持っています。  かつて、深夜に朝日…
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石田三成の実像2897 図録「特別展『唐入り』の時代ー秀吉の大陸出兵と大名たちー」28 「小早川隆景卿軍船模型図」…

徳島市立徳島城博物館発行の図録「特別展『唐入り』の時代ー秀吉の大陸出兵と大名たちー」の「第2部 諸大名の『唐入り』」の中で、小早川氏に関係したものとして、「小早川隆景卿軍船模型図」が掲載されており、次のように解説されています。  「『唐入り』において、隆景は全羅道の支配を担当するとともに、老巧の武将として数々の合戦で戦功をあげている。…
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大阪探訪40 落語探訪 月亭方正さんが初めて演じた落語「阿弥陀池」の舞台となった和光寺と阿弥陀池・方正さんも落語を…

朝日放送テレビの番組「やすとものいたって真剣です」に月亭方正さんかゲスト出演し、落語家になったきっかけ、途中から落語家になる大変さなどについて話していました。その話は、他の番組でも今まで聞いたことがありますが、お笑い芸人として行き詰っていた時に、東野幸治さんが古典落語を勧めたところ、桂枝雀さんの落語を聴いて、その面白さのとりこになり、自…
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石田三成の実像2896 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」6 水野伍貴氏「徳川家康の戦い」4 家康の政権簒奪の…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の水野伍貴氏の「徳川家康の戦い」の中で、通説通り、家康はかねてより豊臣政権を簒奪しようという野望を抱いていたという見解が示され、その根拠がいろいろ挙げられていますが、次のようなことも記されています。  「慶長3年の11月末頃から家康は諸大名の屋敷を盛んに訪問し、多数派工作の動きが確認…
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麿赤兒さんの朝日新聞のインタビュー記事・「ソーシャルディスタンス」や「新しい生活様式」という言い方に違和感

 朝日新聞に舞踏家の麿赤兒(まろあかじ)さんのインタビュー記事が載っていましたが、コロナ禍に関して、「為政者たちから投げかけられる言葉の数々に『心が追いつかない居心地の悪さ』を感じている」と述べられていました。  具体的には、「ソーシャルディスタンス」は嫌な言葉であり、コロナが終息するまでの概念なので「コロナディスタンス」でよいのでは…
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石田三成の実像2895 中西豪氏・白峰旬氏「最新研究 江上八院の戦い」46 中西氏「第一章 龍造寺・鍋島氏にとって…

中西豪氏・白峰旬氏の共著「最新研究 江上八院の戦い」(日本史史料研究会)の、中西氏が担当されている「第一章 龍造寺・鍋島氏にとっての『関ヶ原』、江上八院の戦い」の中で、慶長5年の「慶長庚子大乱」の際、領国にいた鍋島直茂の立場について、9月10日付の黒田如水宛鍋島直茂書状から、次のように記されています。  「9月10日付の如水への書状…
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音楽探訪41 中島みゆきさんの「あばよ」 「私」の思いは「すっぱいブドウ」と同じ・男を諦め、引越し?・友とは同じと…

 中島みゆきさんのアルバム「おかえりなさい」は、彼女が作詞・作曲した曲で他の歌手に提供したものを、中島みゆきさんが改めて自分で歌った曲を集めたものです。自分の曲に対して「お帰りなさい」と言っているわけです。そのアルバムに収録されている曲のうち、「あばよ」は研ナオコさんが歌っていたもので、大ヒットしました。  この歌詞についても、かつて…
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石田三成の実像2894 図録「特別展『唐入り』の時代ー秀吉の大陸出兵と大名たちー」27 毛利秀元所用の「蔦唐草紋蒔…

徳島市立徳島城博物館発行の図録「特別展『唐入り』の時代ー秀吉の大陸出兵と大名たちー」の「第2部 諸大名の『唐入り』」の中で、毛利氏に関係したものとして、毛利秀元所用の「蔦唐草紋蒔絵鞭」が掲載されており、次のように解説されています。  「大陸から帰朝した後、秀元は秀吉の養女(実際は秀吉の弟、秀長の娘)を室に迎え、さらに豊臣政権との結びつ…
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音楽探訪40 中島みゆきさんの「時代」は三段構成(拙ブログ記事の再掲載)・番組「かまいたちの机上の空論城」の芸人た…

20数年ぶりに、中島みゆきさんのファースト・アルバムをレコードで聴きました。レコードの音は深みも独特の味わいもありますし、当時の思いが自然とよみがえってきます。収録されている12曲いずれも彼女の原点ともいうべきものですが、1曲だけ挙げるとするなら、やはり「時代」です。今でも、聴くたびに、心に深く沁み入ります。  この曲の分析は、拙ブロ…
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石田三成の実像2893 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」5 水野伍貴氏「徳川家康の戦い」3 家康の政権簒奪の…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の水野伍貴氏の「徳川家康の戦い」の中で、通説通り、家康はかねてより豊臣政権を簒奪しようという野望を抱いていたという見解が示され、その根拠がいろいろ挙げられていますが、次のようなことも記されています。  「秀吉が没する一ヵ月前に、家康は系図の作成にとりかかっており(『舜旧記』)、8月に…
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二十年ぶりに購入したレコードプレーヤー・レコードの音源をUSBに保存するため・米朝全集・枝雀落語・仁鶴落語・中島み…

  レコードプレーヤーを新しく購入しました。前のものは、二十年ぐらい前に壊れてしまい、それ以来レコードを聴くことはなくなりました。レコードは、以前にカセットテープ、さらにはそれをMDにダビングしていましたが、カセットは傷んできましたし、MDは四倍速の録音なので、音がよくありません。  今回買ったものは、レコードの音源をUSBなどに録音…
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石田三成の実像2892 中西豪氏・白峰旬氏「最新研究 江上八院の戦い」45 中西氏「第一章 龍造寺・鍋島氏にとって…

中西豪氏・白峰旬氏の共著「最新研究 江上八院の戦い」(日本史史料研究会)の、中西氏が担当されている「第一章 龍造寺・鍋島氏にとっての『関ヶ原』、江上八院の戦い」の中で、慶長5年の「慶長庚子大乱」の際、領国にいた鍋島直茂の立場について、次のように記されています。  「直茂は、やはり九州における家康与党と目される黒田如水・加藤清正と連絡を…
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朝日新聞「みちのものがたり」の「家康の『伊賀越え』」 実際は甲賀越えだったという見解

 朝日新聞土曜版の「みちのものがたり」の欄に「家康の『伊賀越え』」という記事が載っていました。本能寺の変の際、家康は堺にいましたが、光秀軍に襲われないように、密かに伊賀を越えて、領国の三河に帰ったというもので、大河ドラマなどではよくこの場面が出てきます。しかし、実際は甲賀越えだった(一部は伊賀を通っていますが、中心は甲賀)という見解を、…
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石田三成の実像2891 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」4 水野伍貴氏「徳川家康の戦い」2 家康の政権簒奪の…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の水野伍貴氏の「徳川家康の戦い」の中で、通説通り、家康はかねてより豊臣政権を簒奪しようという野望を抱いていたという見解が示され、その根拠がいろいろ示されていますが、その一つとしてフランシスコ会宣教師ヒエロニモ・デ・ジエズスの西暦1598年12月20日付の書簡の内容が挙げられています。 …
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京都探訪320 朝日新聞の「古都ものがたり」の「藤山扇治郎 なじみ深い知恩院」 松竹新喜劇の盛り返しに期待

 知恩院の三門の前の駐車場はガラガラでした。コロナ禍の前は、バスがずらりと並び、入り切れないバスは路上に駐車していました。今は団体客の姿は全く見かけません。  二年前の朝日新聞の「古都ものがたり」の欄に「藤山扇治郎 なじみ深い知恩院」と題する記事が出ていました。扇治郎さんは藤山寛美さんの孫(藤山直美さんは伯母)で、若手ながら松竹新喜劇…
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石田三成の実像2890 図録「特別展『唐入り』の時代ー秀吉の大陸出兵と大名たちー」26 文禄2年8月6日付の毛利秀…

 徳島市立徳島城博物館発行の図録「特別展『唐入り』の時代ー秀吉の大陸出兵と大名たちー」の「第2部 諸大名の『唐入り』」の中で、毛利氏に関係したものとして、文禄2年8月6日付の毛利秀元宛豊臣秀吉朱印状が取り上げられ、次のように解説されています。  「朝鮮半島に渡った秀元は、文禄出兵で最後の激戦となる文禄2年(1593)6月の、第二次晋州…
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京都探訪319 古門前橋 ドラマ探訪 「なめとんか やしきたかじん誕生物語」のロケ地の一つ ・京都での下積み生活

  白川から知恩院に通じる華頂道のところに、「古門前橋」が架かっていますが、このあたりは、関西テレビ制作のドラマ「なめとんか やしきたかじん誕生物語」のロケ地の一つになっています。  このドラマは、たかじんさんの若い頃の京都での下積み生活を中心に描いたものですが、駿河太郎さん(父親は笑福亭鶴瓶さん)が熱演していました。鶴瓶さんとの交…
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石田三成の実像2889 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」3 水野伍貴氏「徳川家康の戦い」1 家康の政権簒奪の…

白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の水野伍貴氏の「徳川家康の戦い」の中で、「家康が最初から豊臣政権を簒奪しようとしていたとするのはおかしい」という新説に対して、通説通り、家康はかねてより野望を抱いていたという見解が示されています。  その根拠として、まず次のような史料が挙げられています。  「豊臣秀吉の死から10日後…
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京都探訪318 円山公園にある祇園祭の山鉾の収納庫・円山公園の名前の由来

 京都の七月は、祇園祭一色になると言っても過言ではありませんが、今年は山鉾巡行などの行事が行われないので、いつもの賑わいがなくなるのは残念なことです。もっとも、神事は行われるので、祇園祭自体がなくなるわけではありませんが。疫病退散などのために始まった祇園祭が、大幅に縮小されるのはなんともやりきれませんが、一番残念に思っておられるのは、祇…
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石田三成の実像2888 中西豪氏・白峰旬氏「最新研究 江上八院の戦い」44 中西氏「第一章 龍造寺・鍋島氏にとって…

 中西豪氏・白峰旬氏の共著「最新研究 江上八院の戦い」(日本史史料研究会)の、中西氏が担当されている「第一章 龍造寺・鍋島氏にとっての『関ヶ原』、江上八院の戦い」の中で、慶長5年の「慶長庚子大乱」の関ヶ原の戦いの敗戦後、大坂に戻って家康の沙汰を待っていた龍造寺・鍋島氏のことについて、次のように記されています。 「大坂城下の屋敷周辺にも…
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大河ドラマ探訪473 明智光秀役のキャスティングに二系統あるとのペリー荻野さんの見解 京都探訪318 光秀が討たれ…

「朝日新聞」土曜版の「みちのものがたり」のコーナーに、愛宕山に上る山道「明智越」が紹介されていましたが、その記事の中で、大河ドラマの明智光秀役のキャスティングに二系統あるとの時代劇研究家のペリー荻野さんの見解が掲載されていました。  すなわち、一つは「正統派二枚目路線」、「基本、知的で屈折した正義漢で、信長の非道に憤った反逆者として描…
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石田三成の実像2887 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」2 序章2・「慶長庚子の大乱」という名称を提唱・タイ…

白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の序章で、白峰氏はかねてより、慶長5年の関ヶ原の戦いを本戦とする全国レベルで起こった争乱を、「慶長庚子の大乱」と命名されていますが、「本書では書名に使用するため、便宜上、『慶長庚子の大乱』を『関ヶ原大乱』と名付けた」と記されています。  確かに一般の人々には、「慶長庚子の大乱」という名…
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京都探訪317 明智光秀の首塚 粟田口で首をさらされた後、その近くに埋められ、江戸中期に現在地に移される

 柚子屋旅館の昼食を取りに行った時は、地下鉄東山駅で降りて、白川沿いに南下して、知恩院から円山公園・八坂神社と歩いていきましたが、白川沿いの道を少し東に入ったところに、明智光秀の首塚があります。  ここも「麒麟がくる」のおかげで、ちょっした観光スポットになっているようで、新しい説明掲示板も建っています。それには、光秀は天正10年(15…
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