旅行記231 1980年の友達との初めてのフランス旅行7 パリからアルルまで国鉄で七時間・アルルでは別々に泊まる・ローマ的な町

 1980年の友達のN君との初めてのフランス旅行では、パリに十二泊した後、南フランスのアルルまで国鉄で七時間近くかけて行きました。窓口で切符を買う時、「アルル」という言葉が通じるか不安でしたが、ちゃんとわかってくれました。なにしろ、最初の「ル」は「R」、二つ目の「ル」は「L」ですから、続いて発音するのが難しいのです。
 それはよかったのですが、電車では間違いをおかしました。知らずに予約席に座ったのが第一の間違いで、それに気づいて予約席でないところに移ったところ、グルノーブル行きの車両だったのが第二。途中リヨン駅までは一緒なので、そこで乗り換えたところ、アルルに停車するニース行きの車両は、通路まで乗客で一杯で、アルルまで二時間近く立ちっぱなしでした。
 アルル駅に着いて、まずN君が駅近くのホテルに当たってくれましたが、どこも満室で、仕方なく観光案内所までタクシーに乗り(タクシーを使ったのは、この時の旅行では最初で最後でした)、宿を斡旋してもらいました。レストランの二階の部屋が空いていたのですが、狭いし、安いということもあって、N君は別の宿を斡旋してもらって、三日間別々に泊まりました。一人で部屋を使うのもいいものだと感じ、自由を味わいましたが、結果的に別々に泊まったのは、この時だけでした。
 行動は次の日だけやはり別々で、彼はニームまで出かけましたが、私はアルルの町中をめぐりました。フランス語の会話はかたことしかできませんが、それでもパリではある程度通じていたのが、南フランスでは方言も交じっているため、余計言葉が聞き取れず、若干不自由な思いがしました。
 DSCN9558.JPG 円形闘技場、劇場跡、大浴場跡、僧院回廊、墓地、博物館、美術館などを精力的に回りましたが、共通券があったので、それを利用しました。南フランスなので、地中海式気候で、日差しも強かったのですが、からっとした暑さでした。遺跡などは多分にローマ的ですが、規模はそれほど大きくありません。小さな美術館にも、ピカソのデッサンなどがあり、改めてフランス文化の広がり、重みを感じました。
 中学生の時、音楽の時間にビゼーが作曲した組曲「アルルの女」を聴いてから、アルルはどのようなところか興味を持ち一度行きたいと思っていました。当時は観光客も少なく、町の風情を十分堪能しました。しかし、日本人観光客の姿はパリ同様、ここでも見かけ、いろいろなところに日本人がいることを改めて実感しました。

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