20数年ぶりの大阪府立住吉高校の周辺散策1 レトロな電停の雰囲気も校舎の様子もあまり変化なし・赴任する前に校長・教頭の面接を受ける

 DSCN0027.JPGDSCN0026.JPGDSCN0033.JPGDSCN0029.JPGDSCN0028.JPG 大阪府立住吉高校の周辺を20数年ぶりに散策してきました。天王寺から阪堺電車に乗り、北畠駅に降り立った時から、周囲の様子は当時とあまり変わっていなかったため、時が戻ったようで、懐かしさに駆られました。レトロな電停の雰囲気と云い、そのすぐそばの道を西に入ってゆくと、すぐ左側に校門や校舎が見えるところと云い、道の右側にテニスコートが二面並んでいるところと云い、昔のままでした。違っていたのは、テニスコートの手前(東側)に同窓会館(北畠会館)が建っていたことで、当時はありませんでした。
 赴任したのは昭和57年4月ですが、校長室で辞令交付がありました。その時、大阪府立高津高校3年生の時の同級生だったT君と再会しました。同じ年にたまたま住吉高校に転勤してきたというのも、奇遇でした。高校は理系のクラスで、T君は数学の教員になっていました。クラスの中で文転したのは、私ぐらいです。T君とは、3年間、同じ38期生の担任として協力してやっていきましたし、卓球やテニスにも一緒に興じました。
 大阪府立住吉高校に赴任する前にも、校長・教頭による面接がありました。学校ではなく、天王寺ステーションビルの喫茶店においてでした。赴任してから、国語科の人から聞いたのですが、住吉の国語科で別の転勤者をあらかじめ校長に推薦していたそうです。校長はその推薦者を選ばずに、私に決めたそうですが、実際に校長が私のことをよく知っているわけではないので、どんな人物か心配になったのでしょう、面接して問題がないか確かめたようです。教頭が、高津高校で教えていたことがあるので(授業を担当してもらったことはないのですが)、その関係で同級生のT君や私が選ばれたのかもしれません。当時は、人事異動に教科による推薦が結構、ものを言っていたようです。実際、職員会議で、なぜ教科推薦者を蹴ったのかと、国語科の先生が校長に詰問したという話も聞きました。むろん、そんないきさつがあったからと言って、国語科で冷遇されたことはなく、居心地は大変よかったのですが。

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