大阪探訪51 大手前高校の「集中セミナー」の講座「大阪における関ヶ原の戦いと大坂の陣の関連遺跡を訪ねて」(2006年)2 一心寺にある、夏の陣で戦死した本多忠朝の墓 

 2006年に行なった、大手前高校の「集中セミナー」の講座「大阪における関ヶ原の戦いと大坂の陣の関連遺跡を訪ねて」ですが、茶臼山から歩いてすぐの一心寺を訪ねて、境内にある大坂夏の陣で亡くなった本多忠朝(忠勝の次男)の墓にお参りしました。忠朝は大坂冬の陣で酒を飲み過ぎたせいで、不覚を取り、敗走したため、夏の陣では汚名を挽回しようと、攻めかかる豊臣方の毛利勝永隊相手に奮戦するものの、戦死しました。そういうことがあったことから、忠朝は禁酒の神様として祀られ、しゃもじに酒断ちの願いを書いて奉納すると、願いがかなうと言われ、たくさんのしゃもじが墓のまわりにつり下げられています。なぜしゃもじなのかと生徒に訊かれたものの、理由については考えたことがないので、自分もよくわからないと答えたことをよく覚えています。今でもはっきりした答えは出ていないのですが、つり下げたしゃもじが、とっくりの形に似ているからではないかなどと考えています。もっとも、フェイスブックではこの件について、「しゃもじで酒を召し捕る」とか「しゃもじで飯をすくい、人を救う」的な意味合いではないかというご意見をいただいています。傾聴にあたいするご意見だと思いますし、いろいろな解釈ができるように思います。
 写真は2012年の一心寺の年次納骨大法要の時に撮ったものです。前年に納骨した遺族たちが対象の法要で、父の納骨を行なったので、お参りしましたが、延々と長い行列が続いており、先に天王寺でアメリカから一時帰国していた義妹と会ってから、大法要の終了時間間際に再び行きました。さすがにその時には空いていました。コロナ禍の今、この大法要は中止されています。一心寺は納骨した遺骨で仏像を作るという「お骨仏」で有名で、1歳足らずで亡くなった妹も父も「お骨仏」になっています。もっとも、父の遺骨は分骨して、瓜破の墓にも納めています。「お骨仏」のことも、「集中セミナー」の際に生徒たちに説明しました。
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