大阪探訪56 朝日新聞の「まだまだ勝手に関西遺産」の「大阪発祥『ビー玉』」 語源はポルトガル語かB玉かフランス語か・漱石の小説「明暗」にもビー玉が登場
朝日新聞の「まだまだ勝手に関西遺産」のコーナーに「大阪発祥『ビー玉』」の記事が載っていました。ビー玉の起源について、大阪の徳永硝子製造所が、ラムネ瓶の国産化に成功し、この瓶の中のガラス玉が出回り、明治末期には玩具として全国に広がったと。
なぜビー玉と呼ぶのかについても、いろいろな説が紹介されています。ポルトガル語でガラスを意味する「ビードロ」の略という説。もっとも、昔の新聞記事にビードロ玉という表現は見つからないそうです。
現在、玩具用のビー玉を唯一作っている松野工業の社長の話によれば、昔、業者の間で何色も入ったきれいなものをA玉やA弾、青一色のものをB玉やB弾と呼んでいたと言います。また戦争中に、不良品をB玉、B弾と呼んだ可能性もあることもその記事には記されています。また記事にも書かれていますが、われわれの住んでいた天王寺区の地域では、ビー玉を「ビーダン」と呼んでいました。
もう一つは、ビー玉を意味するフランス語の「ビーユ」が語源だとする暁星中学・高校の谷元哲彦教諭の説です。50年前の同窓会誌にも、「ビー玉。正しくはビィーユ」などと記されているそうです。確かに、「仏和大辞典」(白水社)を引くと、「bille」の語の意味の一つとして「(子供の遊ぶ)ビー玉」と書かれています。
暁星にはフランス人の教師が多く、夏目漱石の息子も暁星小学校の出身で、漱石の小説「明暗」にも「ビー玉」が登場するのは、息子から聞いたのではないかということもその記事には書かれています。
「明暗」に「ビー玉」が出て来るのは次の箇所です。
「彼の馳け出す時には、隠袋(ポッケット)の中でビー玉の音が、きっとじゃらじゃらした。
『今日学校でこんなに勝っちゃった』
彼は隠袋の中へ手をぐっと挿し込んで掌いっぱいにそのビー玉を載せて見せた。水色だの紫色だのの丸い硝子玉が迸ばしるように往来の真中へ転がり出した時、彼は周章(あわ)ててそれを追いかけた。そうして後を振り向きながら津田に云った。
『小父さんも拾ってさ』」などと。
「彼」は、この小説の主人公である津田の叔父の子です。この子は、ビー玉遊びで勝って、たくさん手に入れたことがわかります。
こうして見てくると、フランス語説が有力ですが、いろいろなことが複合的に重なってビー玉という名になったということも考えられます。
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