石田三成の実像3138 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」144 渡邊大門氏「小早川秀秋、黒田長政、福島正則の戦い」2 9月14日付の小早川秀秋に宛てられた両軍からの起請文? 

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、渡邊大門氏の「小早川秀秋、黒田長政、福島正則の戦い」の中で、小早川秀秋は関ヶ原合戦「当日に裏切ったというよりも、前日に家康と起請文を交わしていたというのが正しい」と指摘されています。
 その根拠として挙げられているのは、「関原軍記大成」に掲載されている9月14日付の、小早川秀秋の家臣の稲葉正成・平岡頼勝宛井伊直政・本多忠勝連署起請文であり、その内容として次の三点が記されています。
 「①秀秋に対して、家康がいささかも疎かにする心を持っていないこと。
  ②稲葉正成・平岡頼勝が家康に忠節を尽くすのであれば、疎かにすることはないこと。
  ③忠節をしたならば、西国方面で二ヵ国の知行宛行状を秀秋に与えること」と。
「関原軍記大成」には同日付で出された秀秋宛の石田三成・安国寺恵瓊・大谷吉継・長束正家・宇喜多秀家連署起請文に記されている内容についても紹介されています。
 すなわち、「①秀頼が十五歳になるまでは、関白職を秀秋に譲渡すること。
 ②上方での賄い料として、播磨国一国を与える。筑前国は従前通りとすること。
 ③近江国で十万石ずつを秀頼から、稲葉正成・平岡頼勝の二人に与えること。
 ④当座の進物として、黄金300枚を稲葉正成・平岡頼勝の二人に与えること」と。む
 この両者の起請文は、小説やドラマでもよく取り上げられていますが、「関原軍記大成」は江戸時代に書かれた編纂史料ですから、書いてあることがどこまで事実かわかりませんし、これらの起請文も本物かどうかわかりません。
 白峰氏作成の「石田・毛利連合政権の発給書状についての時系列データベース」にも、この9月14日付の三成ら連署起請文(出典は山鹿素行の「武家事紀」)も掲載されていますが、その「注」で次のように指摘されています。
 「秀頼のことを『秀頼様』ではなく『秀頼公』と記している点は異例であり他に類例がないことや(偽文書は除く)、秀頼が15才になるまで、小早川秀秋を関白職につけて天下まで譲渡すると記している点は荒唐無稽であることから、この文書は偽文書の可能性が高い」と。
 三成ら連署起請文は偽文書の可能性が高いと指摘されているわけですが、井伊直政・本多忠勝連署起請文についても、偽文書の可能性がないかよく検討する必要があるのではないでしょうか。

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