石田三成の実像3120 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」132 中西豪氏「鍋島直茂の戦い」4 会津攻めの際は…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、中西豪氏の「鍋島直茂の戦い」の中で、慶長5年の家康が中心となって発動した会津攻めの際の、直茂の動きについて、次のように記されています。  「直茂も当然の如く従軍を願った。慶長4年の龍造寺家の財政報告書である『目安』は在京家臣団にかかる費用が在国家臣団の二倍近くを計上している。かな…
コメント:0

続きを読むread more

旅行記265 初めての海外への家族旅行(1996年) マカオ・香港1 子供連れのハードスケジュールなツァー旅行は間…

香港の自由は、中国による国家安全維持法の施行などによって全く失われてしまった感があります。中国の今の体制が変わらない限り、以前のような香港の姿には戻らないでしょうし、失望した人々が香港から離れていきかねません。ひいては、国際金融都市としての香港の地位の低下につながっていく気がします。  海外への家族旅行で最初に行ったのが香港でしたが、…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像3119 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」131 中西豪氏「鍋島直茂の戦い」3 家康との結びつ…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、中西豪氏の「鍋島直茂の戦い」の中で、秀吉の死後、直茂と家康との結びつきを強めた慶長4年の動きについて、次のように記されています。  「伏見で越年した直茂は家康に年賀の挨拶を済ませた後、家康の重臣井伊直政を訪ねて向後家康への忠節を抽んずる覚悟がある由を申し置いた。直政からそのことを…
コメント:0

続きを読むread more

アニメ映画「風立ちぬ」に出てくるヴァレリーの詩 日本文学探訪130 堀辰雄の原作小説で「いざ生きめやも」と訳された…

 アニメ映画「風立ちぬ」は、堀辰雄の小説「風立ちぬ」の話と、飛行機を開発することに情熱を注いだ堀越二郎の話を合体させたものですが、映画では二郎と菜穂子との最初の出会いの場面に、ポール・ヴァレリーの詩の一節が使われています。風が吹いて、二郞の帽子が飛んだのを奈穂子がつかんだ時、菜穂子がフランス語で「風が立つ」と言い、二郎はそれを受けてフラ…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像3118 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」130 中西豪氏「鍋島直茂の戦い」2 秀吉死後の動き…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、中西豪氏の「鍋島直茂の戦い」の中で、秀吉の死後の直茂の動きについて、次のように記されています。  「慶長3年(1598)11月、嫡男の勝茂とともに朝鮮に在陣していた直茂に、秀吉死去に伴う撤兵命令が届く。秀吉の死後の政局を睨み、直茂は徳川家康が派遣してきた特使の徳永寿昌を仲介に家康…
コメント:0

続きを読むread more

日本歌人クラブの会誌「風」の「スポーツ・五輪」特集・開催に対する意見・「クラブ歌壇『風』」で特選に選ばれた「巻雲短…

日本歌人クラブの会誌「風」の最新号の中で、「スポーツ・五輪」特集が組まれています。15人の歌人がスポーツまたは五輪の歌三首が掲載され、合わせて好きなスポーツ、好きなアスリート、五輪に思うことについても記されています。6月30日時点のものですが、3分の2の人が、コロナ禍の中での開催に反対、もしくは五輪そのものを批判していました。その反対・…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像3117 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」129 中西豪氏「鍋島直茂の戦い」1 家康の計らいに…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、中西豪氏の「鍋島直茂の戦い」の中で、直茂の生涯、及び佐賀藩について、まず端的に次のように記されています。  「鍋島直茂の生涯は主君龍造寺隆信の覇業を助け、隆信横死後は龍造寺家存続のために粉骨砕身尽力するものだった。結果的に龍造寺家を鍋島家が継ぐことになってしまったが、それは決して…
コメント:0

続きを読むread more

大河ドラマ探訪474 「青天を衝け」 家康遺訓とされる「人の一生は重荷を負て遠き道をゆくが如し」は水戸光圀作という…

 大河ドラマ「青天を衝け」で、家康の「御遺訓」とされる「人の一生は重荷を負て遠き道をゆくが如し」という言葉が出ていました。私もこれは家康自身の言葉だと長い間思ってきましたし、自分が書いた文章でもこの言葉を引用した覚えがあります。しかし、2004年6月5日付の朝日新聞土曜版の「ことばの旅人」の記事の中で、そうではないということが明らかにさ…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像3116 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」128 中脇聖氏「長宗我部盛親の戦い」7 大名復帰か…

白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、中脇聖氏の「長宗我部盛親の戦い」の中で、改易され浪人した盛親の動きについて次のように記されています。  「慶長6年(1601)には京都の伏見に『在宅』し、『身上』が定まっていない様子がうかがえる(『萩藩閥閲録』)。しかし、大名復帰に向けた再仕官活動を行っていたと思われる史料も確認で…
コメント:0

続きを読むread more

大阪府立住吉高校国際教養科の専門科目「国際理解」を担当3 ギリシャ・ローマ神話「パンドラの箱」 人間に災いをもたら…

 大阪府立住吉高校の国際教養科の専門科目「国際理解」で、ギリシャ・ローマ神話の「パンドラの箱」も取り上げました。この時はラジオドラマになっているCDを生徒に聴かせて、その内容理解から始めました。  パンドラは全知全能の神ゼウスが、人間に災いをもたらすために創った人類最初の女性です。美しい体や病を治す力、織物を作る技術だけでなく、好奇心…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像3115 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」127 中脇聖氏「長宗我部盛親の戦い」6 土佐に戻…

白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、中脇聖氏の「長宗我部盛親の戦い」の中で、土佐に帰国した盛親の動きについて次のように記されています。  「盛親は当初、江戸方の追撃に備え、防備を整えていた。『給人、一人も残らず妻子共、召連れ当城(=浦戸城)へ』と命じつつ、『無足人(所領を給付されていない下層家臣)の事、手あしの立候も…
コメント:0

続きを読むread more

功刀俊雄氏・栁澤有吾氏編著 「『星野君の二塁打』を読み解く」 監督のバントの指示に従わず二塁打を打って勝利に結びつ…

 功刀俊雄氏・栁澤有吾氏編著 「『星野君の二塁打』を読み解く」(かもがわ出版)という本を読んで、改めて「星野君の二塁打」という話についていろいろ考えさせられましたが、自分の中でもまだ考えはまとまっていません。この話は国語教科書や道徳教材でも用いられていますが、私自身は、この話を授業で習ったことはなく、また教材として扱ったこともなく、…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像3114 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」126 中脇聖氏「長宗我部盛親の戦い」5 敗戦を知り…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、中脇聖氏の「長宗我部盛親の戦い」の中で、南宮山(具体的には栗原山)に陣した盛親が大坂方(豊臣公儀方)の敗戦をどのように知ったのかは諸説あって判然としないことについて、次のように記されています。  「盛親の重臣、吉田孫左衛門が敵陣へ潜入して敗戦を知ったであるとか、敗走してきた島津軍…
コメント:0

続きを読むread more

京都市京セラ美術館の「フランソワ・ポンポン展」2 リニューアルされた京セラ美術館・ 人物彫刻「コゼット」・小学生の…

 リニューアルされた京都市京セラ美術館の中に入るのも初めてでした。エントランスは地下1階になっており、大階段を上って1階の中央ホールに出ます。そこから各会場に行くようになっていますが、「フランソア・ポンポン展」は2階で行われており、らせん階段を上って行きました。同時に「上村松園展」「ドラえもん展」も開かれており、他の展覧会も予定されてい…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像3113 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」125 中脇聖氏「長宗我部盛親の戦い」4 吉川広家の…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、中脇聖氏の「長宗我部盛親の戦い」の中で、盛親らは伊勢方面を攻めた後、美濃方面に移動して、南宮山に布陣しますが、そのことについて次のように記されています。  「盛親らの軍勢は慶長5年9月10日前後に南宮山(岐阜県大垣市ほか)の尾根沿い東南の栗原山に布陣したのだが、合戦の大勢が決する…
コメント:0

続きを読むread more

京都市京セラ美術館の「フランソワ・ポンポン展」1  67歳の時の動物彫刻「シロクマ」で一躍有名に・それまで人物彫刻…

 京都市京セラ美術館で開催されていた「フランソワ・ポンポン展」を夫婦で見に行ってきました。美術館へ行くのは今年初めてです。ポンポンの彫刻などが約90点展示されており、1時間半ほどかけてゆっくり鑑賞しました。  代表作の「シロクマ」は写真撮影OKだったので、いろいろな角度から撮りました。写実的ではなく、シロクマの姿を単純化させ様式化して…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像3112 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」124 中脇聖氏「長宗我部盛親の戦い」3 伊勢攻めに…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、中脇聖氏の「長宗我部盛親の戦い」の中で、関ヶ原の戦いの前に、盛親らは伊勢方面を攻めますが、そのことについて次のように記されています。  「長宗我部の軍勢は8月24日、毛利秀元、吉川広家、長束正家らの軍勢と合流、総勢3万余の軍勢で江戸方の富田信高、分部光嘉らが守備していた伊勢国(三…
コメント:0

続きを読むread more

音楽探訪50 びわ湖ホールでの京都新祝祭管弦楽団のコンサート・ヴァイオリン奏者の杉江洋子さんとの息の合った演奏・ブ…

 先月、びわ湖ホールでの「京都新祝祭管弦楽団」のコンサートに行きました。プログラムはブルッフの「ヴァイオリン協奏曲第1番」(ヴァイオリン独奏は杉江洋子さん)とブルックナーの「交響曲第4番」でした。前者は杉江洋子さんのヴァイオリンが情感のこもった、振幅のある美しい調べを奏でていましたし、杉江さんとオーケストラとの共演も息が合って絶妙で、雄…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像3111 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」123 中脇聖氏「長宗我部盛親の戦い」2 陣立書にお…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、中脇聖氏の「長宗我部盛親の戦い」の中で、慶長5年8月、盛親が大坂方(豊臣公儀方)として関ヶ原方面に出陣した時のことについて、次のように記されています。  「大坂方の布陣を記した陣立書には、『一 弐千百人 土佐侍従』(『慶長5年8月5日付真田昌幸宛石田三成書状』『備口人数』)とある…
コメント:0

続きを読むread more

大阪府立住吉高校国際教養科の専門科目「国際理解」を担当2 「イソップ童話」・生徒が創作した「亀と兎」・「狐とブドウ…

 大阪府立住吉高校で「国際理解」という科目を担当した時に、世界の神話や 民話・童話を教材にして、そこに見られる国民性や普遍性について考察を加えましたが、「イソップ寓話集」も取り上げました。「亀と兎」「狐とブドウの房」という話を紹介し、最後に作者の意見や教訓が述べられていることを押さえました。「亀と兎」では、「生まれつきがゆるがせにされる…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像3110 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」122 中脇聖氏「長宗我部盛親の戦い」1 長兄の戦死…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、中脇聖氏の「長宗我部盛親の戦い」の中で、関ヶ原合戦以前の盛親の事績について、次のように記されています。  「長宗我部盛親は、四国をほぼ統一することになる長宗我部元親の四男として、天正3年(1575)に生まれた。本来、家督を相続する立場になかったが、長兄信親の戦死(天正14年[15…
コメント:0

続きを読むread more

笑福亭仁鶴さんの落語「青菜」に出てくる「アンケラソウ」「腸チビス」「おてしょ」「むらさき」「柳蔭」などの語・仁鶴さ…

 よみうりテレビの番組「平成紅梅亭」で、仁鶴さんの落語「青菜」「不動坊」「つぼ算」が放送され、久しぶりに聴きました。「青菜」は植木屋と旦那、植木屋と女房、植木屋と友達の大工、それぞれのやりとりが面白く、その世界に引き込まれました。植木屋の女房の「おさき」さんが、長屋に帰ってきた植木屋に対して、「このアンケラソウ」「この腸チビス」「この九…
コメント:2

続きを読むread more

石田三成の実像3109 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」121 大西泰正氏「前田利長の戦い」14 戦後、利長…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、大西泰正氏の「前田利長の戦い」の中で、関ヶ原合戦後、利長の政治的存在感は著しく低下したことについて、次のように記されています。  「たとえば、九州の筑前福岡藩では、初代藩主黒田長政の時代、利長の書状は織田信長、豊臣秀吉、豊臣秀長、徳川家康、徳川秀忠と一括りに保管されていた。だが、…
コメント:0

続きを読むread more

「探偵ナイトスクープ」 大学の同窓生である貝の研究家の矢野重文さん出演・彼の下宿を訪ねた思い出・「おはよう朝日です…

ABC朝日放送の番組「探偵ナイトスクープ」に、大学の同窓生の矢野重文さんが出演していました(先月再放送されていました)。本人からの依頼でうんこ座りできないので、奥さんやお孫さんから笑われているので、なんとかできるようにしてほしいという内容でした。45年以上もお会いしていませんが、お顔に当時の面影が残っており、名前も出ていたので、すぐにわ…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像3108 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」120 大西泰正氏「前田利長の戦い」13 外岡慎一郎…

白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、大西泰正氏の「前田利長の戦い」の中で、一旦金沢に戻った利長の二度目の出陣について、次のように記されています。  「9月3日、『東軍』諸将が美濃まで進出したとの報せを受けた利長は、一両日中には小松方面に出撃することを黒田長政と藤堂高虎に仕えたが(『黒田家文書』)、実際の出陣は同月11…
コメント:0

続きを読むread more

追悼・笑福亭仁鶴さん ラジオの深夜番組で三枝さんと共に絶大な人気・最初に覚えた落語は仁鶴さんの「青菜」・絶妙なやり…

 笑福亭仁鶴さんが亡くなられました。謹んでご冥福をお祈り致します。  笑福亭仁鶴さんと桂三枝さんは、高校生の頃、若者たちの間では関西の深夜のラジオ番組などで絶大な人気があり、彼らの軽妙で面白いトークを聴くのが楽しみでした。私が落語を覚えたのは、仁鶴さんの落語のテープやレコードなどによってでした。最初に覚えて演じたのは「青菜」で、大阪府…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像3107 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」119 大西泰正氏「前田利長の戦い」12 外岡慎一郎…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、大西泰正氏の「前田利長の戦い」の中で、一旦金沢に戻った利長の二度目の出陣が手間取ったことについて、次のように記されています。  「能登一国を領する実弟利政が、正室が上方にいる(人質にとられている)ことなどを理由に出兵を拒否したらしい。ちなみに、9月5日に至って以上の理由を詳しく語…
コメント:0

続きを読むread more

旅行記264 1983年の中国研修旅行17 天壇公園、王府井などを見て、午後の便で帰国・夜に解散・記念誌「朱華」の…

1983年8月10日(中国旅行14日目・最終日)は、午前中に天壇公園、王府井などを見て、昼食を取り、北京空港から午後の便で帰国の途に就きました。 天壇は、明・清の皇帝が天を祭り、五穀の豊穣を祈ったところです。旅行団の最後の全体写真をここで撮りました。  ところで、奈良の菅原遺跡で奈良時代の円形建物跡が発見され、高僧・行基の供…
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像3106 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」118 大西泰正氏「前田利長の戦い」11 外岡慎一郎…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、大西泰正氏の「前田利長の戦い」の中で、8月3日、大聖寺城を攻略したものの、その後、利長が一旦金沢に戻った理由について、「中川宗半(光重。利家の娘婿)から、敵方の大軍が海路をとって、金沢を襲う、という情報(書状)がもたらされ、それを信用した利長が背後をつかれてはたまらない、と軍勢を引…
コメント:0

続きを読むread more

宇治市役所でマイナンバーカード受取・コンビニでマイナポイント申し込み手続き・「伊藤久右衛門」で昼食

 3週間前、夫婦でマイナンバーカードの受け取りに宇治市役所まで行きました。受け取り通知葉書は早くに届いていたのですが、行くのが延び延びになっていました。JR宇治駅までは電車、そこから歩いて15分ですから、全体で1時間近くかかります。曇りがちの1日だったので、強烈な日差しを浴びに済み助かりましたが、それでも汗だくになりました。国民総背番号…
コメント:0

続きを読むread more