旅行記268 石田三成の実像3129 7ヶ月ぶりの旅行 佐和山・関ヶ原・大垣2 佐和山城跡 山頂に立ち敗者の悲哀を改めて感じる

 8日、大洞弁財天の奥の院から東山ハイキングコースを通って、佐和山城跡まで歩きましたが、かもう坂通り往還と佐和山山頂への分岐点まで30分近くかかりました。以前歩いた時より、長く感じましたが、山登り自体、2年ぶりだったので、体力が落ちているのかもしれません。
 DSCN1450.JPGDSCN1463.JPG 西の丸跡を通り、山頂まで登りました。それまで人の姿はほとんど見かけませんでしたが、山頂付近で3名の人と出会いました。平日でしたが、佐和山に登っている人がいるのを嬉しくも近しくも感じました。もっとも、山頂に立つと、改めて敗者の悲哀を感じるので、他の人々もそういう思いも味わっているのかもしれません。
DSCN1460.JPGDSCN1466.JPGDSCN1470.JPG     山頂から彦根山の上に建つ、井伊家が新たに築いた彦根城が見えますが、江戸時代は佐和山は入山禁止になっていました。井伊家によって、佐和山城は徹底的に破壊され山頂も削り取られ、石垣は彦根城の方に運ばれて使われ(長い間、佐和山城の石垣はどこへ行ったのか謎になっていましたが、十年余り前、彦根城の石垣の一部に使われているのがわかりました)、今はわずかに石垣の跡が残るだけです。石垣については、佐和山城研究会の人々などによって山の険しい斜面に新たにいくつかの石垣を発見し、下高大輔氏は、それらの石垣群を結んで、石垣の全体の姿を推定し、さらに天守や門、御殿の位置なども推定した「佐和山城本丸周辺復元図」を作成されています。そのことについては、拙ブログで以前紹介しました。
 

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