旅行記267 石田三成の実像3127 7ヶ月ぶりの旅行 佐和山・関ヶ原・大垣1 大洞弁財天から佐和山城跡へ

7ヶ月ぶりの旅行で、彦根・関ヶ原・大垣方面に2泊3日で行って来てした。本来なら8日の夜に彦根市内で石田三成に関する中野等氏の講演会がある予定だったのですが、コロナの影響で、12月に延期されました。しかし、ホテルはすでにカード払いしていますし、ポイントも使っており、緊急事態宣言も解除されたので、ホテルはキャンセルせずに、行きたいと思っていたところに行ってきました。
 8日は昼に彦根入りし、2年ぶりに、三成の居城であった佐和山城跡に登ってきました。駅前のホテルに荷物を預け、三成の重臣の嶋左近の屋敷跡に建てられた、井伊家筆頭の菩提寺である清涼寺、井伊家と三成の菩提寺である龍潭寺の前を通り、彦根城の鬼門の位置に彦根藩四代藩主の井伊直興(なおおき)が建てた大洞弁財天(長寿院)の方に回りました。
 大洞弁財天を訪ねるのは、何年かぶりかです。オンライン三成会編「三成伝説」(サンライズ出版)の「近江・彦根」の章には、大洞弁財天のことも紹介されています。
 経蔵に大黒天像がずらりと並んでおり、その大黒天像は、かつて松原内湖に架けられていた百間橋の余材を用いて、かつて佐和山城の城主であった三成の姿に似せて作られたと言われていることが記されています。この大黒天像の写真も「三成伝説」に掲載されていますが、経蔵は春と秋の大祭の時にだけご開帳され、大黒天像にもお目にかかることができますが、私はまだ実物を見たことがありません。
DSCN1422.JPG 山門から真正面に彦根城が見えていますが、「額縁の彦根城」と呼ばれていることが、「三成伝説」に記されています。また山門から石段を下りていくと、かつては松原内湖に面していた船着場が江戸時代のまま、その石積みを残していることも「三成伝説」に書かれていますが、それは非公開だそうです。佐和山城もかつては西麓まで松原内湖が迫っており、百間橋が架かっていて、琵琶湖を利用しての水運が発達していたわけです。
 DSCN1427.JPGDSCN1430.JPG 大洞弁財天の奥の院(宇賀神)のところからハイキングコースになっており、この結構上り下りする道を歩いて、佐和山城跡へと向かいました。このハイキングコースを歩くのも、随分久しぶりです。

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