日本文学探訪132 若山牧水の歌2「白鳥は」の解釈をめぐって2 同調を求める日本社会の象徴 啄木の歌との共通性・牧水の酒の歌 死ぬまで深酒  

 若山牧水の歌「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」ですが、他のすべてのものが青色だということが、個性を排除して同調を求める日本社会の象徴のような気がしています。自分だけそれができない悲しみを歌っているように思えてなりません。これと同じような歌を石川啄木が詠んでいます。
 
 人がみな 
 同じ方角に向いてゆく
 それを横より見てゐる心。
 
 日本の同調圧力は、昔も今も変わらない気がしますし、息苦しさを感じるのはその点です。ノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎氏が、日本に帰国しない理由について、「調和の中で生きることができません」と語っておられますが、同じような意味だと思います。
 啄木のこの歌も自分は好きで、大学時代に出した同人雑誌「陽炎」第2号にも、この歌を載せました 
 「天声人語」で牧水の歌「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」という歌も紹介されていました。この歌について、俵万智さんの評伝「牧水の恋」によって、「度を過ぎた深酒で乱れた自分を反省するという含意があると知った」と記されています。木俣修氏はこの歌を、「白珠のような美しい歯にしみとおる酒、秋の夜の灯の下でくむ酒は、しずかにひとりしみじみと味わいながら飲むのがよいものだ」と解釈されていますが、こういう解釈が一般的です。しかし、俵さんのように解釈するのも間違っていないように思います。牧水がいかに深酒をしていたかについては、土岐善麿が、「(牧水の)酒量は月と共に、年と共に増して、連日2升3升にも及んだことがあるといふ」と述べていますから、完全なアルコール依存症だったことがわかります。ちなみに、この歌を詠んだのは26歳の時です。
 自分の大学時代の文学部仲間は、ほとんどが酒に強く、自分が一番弱かったぐらいです。しかし、彼らも牧水のような無茶ぶりはしていませんでした。仲間たちに酒で随分鍛えられ、社会人になってからもよく飲んでいましたが、定年退職してからは、たまに飲むぐらいになっています。
 若山牧水は44歳で亡くなりましたが、体を悪くしてからも日に3度の酒をやめることはありませんでした。亡くなった日も、100㏄の酒を飲んでいます。急性胃腸炎と肝硬変が死因でした。
 韓国ドラマを見ていると、宴会の場面で一気飲みを強要される場面がしばしば出てきます。相変わらず、急性アルコール中毒を引き起こしかねない、そういう悪習が続いているのでしょうか。大学時代、仲間たちから一気飲みを強要されたことはありません。

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