日本文学探訪131 若山牧水の歌1「白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」の解釈をめぐって1・白鳥=小枝子説? 白鳥=作者説

 朝日新聞の「天声人語」に、若山牧水の歌が四首紹介されていました。いずれも年上の人妻である小枝子さんに恋をしていたときに詠まれたもので、牧水の評伝を書いた俵万智さんの解釈に基づいて記事が書かれていましたが、次の歌の解釈に疑問を感じました。
 
 白鳥(しらとり)は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ
 
 歌意は「白い鳥は哀しくないのか、空も海も青く、その青色に染まらずにただよっている」というもので、「白鳥」について、俵さんは小枝子さんのことをたとえたものだと解釈されているようです。確かに、以前からそういう解釈があるにはあるのですが、「白鳥」は直接的にはカモメと言われている白い鳥のことを詠んでおり、そこに孤独な作者自身の姿を重ね合わせていると見るのが自然ではないでしょうか。木俣修氏の解釈もそうですし、永田義直氏編の「近代短歌名作選」でも、「白鳥」について、「ひとり純白な姿を漂わせている白鳥であり、また作者自身の姿であろう」と記されています。この歌を現代国語の授業で取り上げた時も、そういうふうに説明してきました。むろん、どう解釈するかは読者の自由ですが、小枝子説は少し無理があるような気がします。
 img241.jpg「短歌シリーズ 人と作品 若山牧水」には、牧水だけでなく小枝子さんの写真も載っています。
 牧水の歌集には小枝子さん(実名はなく「女」と書かれているだけですが) と安房の海岸に行った時に詠んだものだと記されていますが、実際、この歌が詠まれ雑誌に発表されたのはその前であることが明らかになっています。そういうことから見ても、白鳥=小枝子説は成り立たない気がします。
 「天声人語」には、小枝子さんは子供二人を残したまま東京に来て、いとこの男性と同居しており、そこに牧水が絡み、四角関係だったというということも記されています。そういう女性を無垢な「白鳥」と捉えるのは、偏見かもしれませんが、合点がいかない気がします。むろん、牧水にとっては、彼女は「無垢」な女性だったという考え方ができないことはありませんが。
 

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