漫画探訪22 手塚治虫「ブラックジャック」2 医者としての温かい目となしうることの限界

 「ビノコかえる」という作品の中では、ブラックジャックはわざわざ医師免許をくれるという医師連盟との会合をすっぽかして、行方不明のピノコを捜し続けていますが、医師免許より人の命の方がずっと大事であるというヒューマニティ精神が彼の心に生きている証です。
 ブラックジャックは人間に対してだけではなく、広く動物に対しても温かい目を持っています。「ナダレ」という作品では、鹿のナダレを殺した男に対して、ブラックジャックは怒りをこめて「人間は動物を裁く権利があるのか」と言っていますし、「オペの順番」という作品では、代議士の手術をする前に、まずイリオモテヤマネコとの手術を行っています。さらに代議士の手術をする条件として、開発の中止を求めています。開発より自然保護という姿勢がよく現れている場面です。それは自然や生物を大切にしている手塚治虫自身の考え方とも合致しています。
 手術のうまさはブラックジャックの右に出る者がいないほどであり、「白い巨塔」の財前教授やチャン科長のさらに上を行くような印象ですが、彼はまた医師としての限界を感じてもいます。
 「されどいつわりの日々」という作品では、事故で死にかけているアイドルタレントを手術して助けたものの、そのアイドルはスケジュールの過酷さに耐えられず自殺してしまいます。せっかくの彼の好意が無駄になった形であり、皮肉な結果ですが、人間の心まで手術してやることはできないことを示しています。
 「なんという舌」では、舌でそろばんの玉をはじく身体障害者の少年にブラックジャックが、なくなった子の腕を移植して、手でそろばんができるようにしてやります。しかし、30分指を動かすのが限界であり、その少年は優勝戦の最中に手が動かなくなり、以前のように舌でそろばんをはじき始めます。観衆たちは最初はその姿に驚きますが、少年の舌の動きの見事さに拍手を送ります。彼は舌でそろばんの試合をそのまま続けますが、結果がどうなったかまではこの漫画は描いていず、余韻を持たせた終わり方になっています。彼は人前で舌を使うと笑われるということで、わざわざブラックジャックに手を移植してもらったのですが、彼は優勝戦でそのコンプレックスを見事にはね返したと言え、これからは恥ずかしがらずに舌でそろばんの玉をはじくのではないでしょうか。これも医者としてできることの限界を示している逸話です。
 ブラックジャックはこの少年のことを記事に書きたいという記者に対して、その少年の手術は特別なものであり同じような全国に何万人といる身体障害児をすべて救えるわけではなく、みんなをうらやましがらせるだけだと答えて、記事にするのを断っています。確かに、少年の手術は天才手術医ブラックジャックだったからできたわけで、ブラックジャックは自分の手の届く範囲というものも充分わきまえています。
 また「誤診」という作品では、私のように軽蔑される医者にはなるなとブラックジャック自身が若い医者に諭していますが、自分というものの欠点をよく自覚していたことを示しています。

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