京都探訪26 「知恩院・経堂」 回転式の転蔵を一巡り

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  写真は知恩院の経堂が開いていた時の様子を撮ったものです。普段は閉まっていますが、たまたま訪れた時は扉が開かれている時であり、中に入れました。もっとも、閉まる寸前であり、駆け込むことができたのは運の良いことでした。
 経堂の扉のところに鎮座しているのは、傳大士(ふたいし)の像であり、回転する八角形の輪蔵を考え出した中国南北朝の梁の国の人です。輪蔵の中には、一切経5600余巻が収められており、これを回して一巡りすれば、 大蔵経を誦経したのと同じ功徳が得られると言います。われわれも中に入って、輪蔵を回しましたが、生まれて初めての体験でした。
 経堂が作られたのは、知恩院の三門が建てられたのと同じ1621年のことであり、豊臣家が滅んで6年後、作ったのは、徳川秀忠でした。秀忠は日光東照宮にも回転式の経堂をこしらえ、傳大士像をまつっています。全国各地の寺に回転式の転蔵が作られていますが、傳大士の像も一緒に安置されていることが多いようです。
 私は直接見たことはありませんが、彦根の宗安寺にも転蔵と傳大士像があります。宗安寺の赤門は石田三成の佐和山城の城門を移築したものだと言われています。なお、のろし駅伝の際の再会劇の時のイベントでTさんも話されていたことですが、この宗安寺に、三成が母の菩提を弔うために佐和山城の中に立てた瑞岳寺の本尊が残っています。以前にブログにも書いたことですが、三成は母が1594年に亡くなったとき、母の肖像画を書かせ、それが瑞岳院肖像画として大徳寺三玄院に残っていますし、母の菩提を弔うために高野山に経堂を建て一切経を奉納しています。
 今回、知恩院にお参りしたというのは、私事ながら、義父の菩提を弔うという意味もありました。今年の五月に88歳で亡くなりましたが、浄土宗の熱心な信者であり、今は大阪の金台寺の墓で安らかに眠っています。今回、知恩院の経堂で転蔵を回すことができたのも、いい供養になったのではないかと思っています。
 

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