韓国ドラマ探訪153 「ファン・ジニ」12 ジョンハンと暮らすようにとの王の勧めを断り再び妓生の道へ

 「ファン・ジニ」でも「チャングム」でもドラマでは中宗という王は、なかなかの名君として描かれています。ジョンハンに車裂きの刑を言い渡すのは非情な王のようですが、泣く泣くという感じであり、本当は彼に礼判の仕事を続けて欲しかったのです。殺したくなかったからこそ、車裂きの刑をすんでのところで中止させますし、ジョンハンとミョンウォルが深く愛で結ばれているのを知って、捕らわれたミョンウォルに対して、ジョンハンもミョンウォルも共に死んだことにして、二人してひっそりと生きよという、人間味あふれたことを言います。「チャングム」でも瀕死の王が、宮廷を出て、ミン・ジョンホと仲良く暮らせと遺言を残し、チャングムはその王の配慮に従いますが、ミョンウォルはそうではありませんでした。王の勧めを断り、妓生として生きさせてほしいと願い出ます。ジョンハンへの気持ちは抱きながら、彼と結婚して暮らすという道は選ばず、芸の道を極めるという決意を示すのです。しかも、彼女のお腹にはジョンハンとの子が宿っていたのですが、ジョンハンにはそのことを言わずに、自分で育てようとします。
 ミョンウォルは教坊に戻り妓生としての生活を送り、ジョンハンも王の命令で官職に返り咲き、それぞれ元の鞘に収まった形ですが、違うのは、ミョンウォルがジョンハンに会おうとしないことでした。ジョンハンは彼女のことが思い切れず、玉代を出して彼女に会いますが、彼女は妓生として対応するだけですし、彼に対しての態度も冷たいものでした。むろん、彼女とて彼への思いは断ち切れないのですが、妓生としての立場は貫こうとしていました。このあたり、ジョンハンの未練が前面に出て、車裂きの刑を甘受しようとした彼の態度の立派さとは、妙にそぐわないものがあります。妓生として生きることを王に約束したという経緯もありますから、今更どうにもならないことであり、ジョンハンの姿勢は潔くなく映ります。もっとも、ミョンウォルに自分との子ができていたと知った時の心情は理解できますし、子がありながらなぜ自分と再び一緒にならず妓生として生きてゆくのかと怒りを彼女にぶつける気持ちも分かります。
 ジョンハンがかつて捕まった時、ミョンウォルに「知音」と書いた琴を託しましたが、この言葉は互いに心を知り合い、許し合った親友や恋人という意味ですが、「音」ということで音楽・芸術を愛した者同士という意味も含まれているのでしょうし、ジョンハンも彼女が芸妓として生きてゆくことこそが彼女の使命だとよく分かっていたはずです。

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