石田三成の実像637 漫画探訪34  山田芳裕氏「へうげもの」における三成2 堺奉行・三成の茶 

 「へうげもの」の中で、秀吉の妹の朝日を家康の妻として送り込んでも、家康が何も言って来ない場面で、秀吉が三成に堺の奉行を任せるという話が出てきています。秀吉が三成を堺奉行にしたのは、博多の商売仇となる堺衆が下手なことをせぬようにさせるためだと言い、これからは博多・九州を起点にして朝鮮や明を目指すと明かします。また秀吉が三成に今までつらく当たってきたが、それも可愛さゆえであり、三成が偽りを言わないところが好きだとも言い、これからは内々の儀も算術の才に長けた三成に任せてゆくとも述べています。
 逆に千利休はでかくなりすぎたと秀吉は言い、警戒感を強めています。むろん、豊臣家の権勢に数寄は欠かせず、利休をこれからもまつりごとに関わらせてゆくものの、ゆくゆくは代わりの者を見つけねばならないとも言います。この漫画では信長を利休と結託して殺したという設定ですから、秘密を知っている利休の存在の危険性を感じてもおり、それが利休切腹事件の動機となるかどうかは、私はまだそこまで読んでいないので分かりませんが、煙たい存在として感じていたのは確かでしょう。
 三成が堺奉行を務めていたのは天正14年から天正16年のことであり、白川亨氏の「石田三成の生涯」にもそう書かれていますし、「堺市史」にもそのように書かれています。「へうげもの」でも天正14年のこととして描かれていますから、その点は正しいと云えます。
 「へうげもの」では堺奉行としての三成の姿も描かれていますが、秀吉に言われた通り、厳しく偉そうな言い方を町衆にしています。前任の堺奉行だった松井友閑は数に疎く、これからは三成がきちんと面倒を見ると言ったのに対して、山上宗二がいささか三成の物言いが驕っている、松井にはそのようなことはなかったと批判します。それに対して三成は自分の申すことは関白様の言葉であり、これからは武人と商人の区別もきちんと付けていくと答えます。それのみならず、山上に対してそのような暴言を吐くのは控えるように、さもなくば秀長の茶頭の地位から下され追放されるなどという脅しめいた言葉を発します。権勢を笠に着た言葉であり、こう言っている三成は無表情ですし、目がうつろな感じを受けます。もっとも、三成が兵農分離をはかるべく太閤検地や刀狩などの政策を実行するのに深く関わっていたのは事実でしょうし、そういうことを踏まえて作者は三成にそういう発言をさせたのでしょうが、いかにも「横柄者」のイメージです。
 三成は堺衆に茶を振舞いますが、堺衆はその茶をうまいと言い、今日のような暑さにはちょうどよいぬるさであると褒めます。三成は釜中の水泡を数えしかと湯加減を計っている、口が慣れたらもう少し熱い茶を差し上げようと言ったのに対して、堺衆は見事な気配り、結構なお点前ですと持ち上げます。三成が秀吉に振舞ったとされる三献茶の逸話を踏まえたような話になっています。しかし、この後、三成の茶の湯は確かさゆえに面白くないと利休が批判する場面が用意されています。
 

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