石田三成の実像643 漫画探訪38  山田芳裕氏「へうげもの」における三成5 北野大茶湯2

ふるた  山田芳裕氏「へうげもの」では、古田織部は北野大茶湯において奇想天外な茶室を設けますが、三成はそれを阻む者として登場します。古田は松の枝の上に二畳敷きの茶席を作りますが、窓を開けると北野の森の絶景が見えるように場所の選定に7日をかけた数寄者ぶりを示し、それが効を奏して当日は大評判となり250人が訪れます。
 しかし、そこに三成が乗り込んできて、秀吉の頭上で茶席を設け秀吉を上から見るのは不届き千万であり、即刻茶席を中止し立ち退けと迫ります。
 これは後の千利休切腹事件のきっかけとなったとされる大徳寺の金毛閣に利休の木像をかけたことが問題となった話を彷彿とさせます。雪駄を履いた利休の像が下を通る者を踏みつけることになって、それが不遜だと言いがかりをつけられたわけですが、この漫画からすれば、そういう難癖をつけるのが三成と言わんばかりの描き方です。利休切腹事件がどのように描かれるのかは詳細には知りませんが、インターネットで見ている限り、三成が関与しているふうに描かれるようですし、この北野大茶湯でその気配を感じました。
 三成は釜を預かると言って古田から取り上げようとしますし、古田は釜を放さず、二人の取り合いになり、その振動で茶室が崩れ去るという展開になっていました。むろん、古田がこのような松の木の上に茶室をこしらえたのも創作なら、三成がそれを問題視するのも、そのせいで茶室が壊れてしまうのもすべて創作です。
 北野大茶湯が1日で終わったのは史実を踏まえていますが、そのきっかけをこの漫画では、秀吉に茶を振舞ったノ貫に中止を促されたせいだと、漫画らしい自由な発想の新解釈をしています。ノ貫は赤い朱塗りの傘を広げてその下で茶を振舞いますが、秀吉は立派に見せんとする気負いが微塵もなく、大傘の影が自然と結界を作り、朱塗りによって貴人をもてなすに足る品すら醸し出していると感心することしきりです。しかし、ノ貫は客をもてなすのは20人がせいぜいであり、それ以上は気遣えず、秀吉もそれが分かったはずだから、もうこれぐらいで大茶湯をやめたらどうかと勧めたところ、秀吉はその言葉を受け入れてこれにて大茶湯を終了すると宣言します。
 これを聞いて人々はざわつきますが、これが10日も続いたらいくら費用がかかるか分からず良かったと言う者をこの漫画では登場させています。この点について、山室恭子氏は「黄金太閤」の中で、気も遣わなければならないし、費用もかかるから、全く迷惑という「兼見卿記」の記述を取り上げ、大茶湯が一日で打ち切りになったのは、参加者たちの不満が原因だったかもしれないと書いておられます。
 「へうげもの」では秀吉がこの大茶湯を終える際、天下一の茶人をノ貫にしようしますが、古田が口をさしはさみ、もう一度機会をほしいと申し出て、秀吉がそれを許し、聚楽第でもう一度ノ貫と古田に茶席を設けるよう言い渡すという展開でした。むろん、大茶湯で天下一の茶人を決めるということ自体、フィクションです。
 

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