京都探訪72 「大文字送り火」 鎮魂と復興の思いを込めて・下宿時代、毎日見ていた大文字山
写真は大文字の送り火を撮ったものです。「大」の字がさほど大きく写っていないので申し訳ありませんが、実際はもっと大きく見えました。北山大橋から南に百メートルほど行ったあたりの賀茂川河岸から撮りました。今回は朝に降った雨の影響ということもあってか、点火に少し手間取り、きれいな「大」の字になるまで何分かかかりましたが。このあと、北に数百メートル歩いて「舟形」の送り火を見ました。今回はいろいろ騒動がありましたし、鎮魂と復興の思いを込めて何十年ぶりかで送り火を拝みに行きました。
大文字山には学生の頃から慣れ親しんできました。友達と何回か上ったことがありましたし、2年間京都で下宿していた時には、下宿の窓を開けると、大文字山が目の前にあり、大の字もくっきりと浮かんでいました。この2年間は毎日大文字山を眺めていたと言ったらいいでしょう。
就職して同僚たちと送り火が見える高層のレストランで食事したこともありますが、思えばそれ以来送り火は見ていません」。むろん、テレビの生中継やニュース番組では毎年のように見ていますが。
今回の五山送り火に陸前高田の松を使うことを巡って、対応が二転、三転したことには心を痛めました。なにより、このことで翻弄された形になった被災地の人々の心を思うと、申し訳ないという気持ちで一杯です。一度は大文字保存会も、陸前高田の松を使用すると決断を下したのは、正しかったと思いますし、送り火に鎮魂の意味合いがある以上、使用するのは当然だという気がします。
しかし、新たに取り寄せた松に放射性物質が検出したということが分かったために、京都市長は松を使用中止するという決定を下しました。この決定はやむなしと思いますが、そうなるまでなんらかの対応を取れなかったのかという悔いが残ります。
大文字保存会の人々も、陸前高田の薪に被災者が書いたメッセージを護摩来1000本に書き写してそれを焚きましたが、書き写した人々は思いのこもった言葉を1文字ずつ筆と墨で書き写すたび、涙がこみ上げてきたと云います。もとは善意から被災地の松を大文字送り火で燃やす計画が持ち上がったことであり、それが当初の形で実施できなかったのはなんともやりきれない気持ちがします。
そもそも、食品のように、薪焼却などにいくらの放射性物質の数値が出たら問題なのかという国としての基準が設けられていませんし、今回検出された数値が健康に被害を及ぼすことになるかどうかについても、専門の学者によっても全然影響がないという人、燃やすと放射性物質が濃縮されるという人、さまざまです。それだからこそ、一般の人々はますます不安感を募らせるわけです。
すべて悪いのは原発事故であり、このようなことが起こるとは想定していなかったその甘さが今回のことでも露呈しました。この件をめぐって、被災地の人々と京都の人々の間にわだかまりが生じないよう、またこれ以上放射能汚染が広がらず、除染をして避難している人々が一刻も早く愛する故郷に戻れるように、願ってやみません。
大文字山には学生の頃から慣れ親しんできました。友達と何回か上ったことがありましたし、2年間京都で下宿していた時には、下宿の窓を開けると、大文字山が目の前にあり、大の字もくっきりと浮かんでいました。この2年間は毎日大文字山を眺めていたと言ったらいいでしょう。
就職して同僚たちと送り火が見える高層のレストランで食事したこともありますが、思えばそれ以来送り火は見ていません」。むろん、テレビの生中継やニュース番組では毎年のように見ていますが。
今回の五山送り火に陸前高田の松を使うことを巡って、対応が二転、三転したことには心を痛めました。なにより、このことで翻弄された形になった被災地の人々の心を思うと、申し訳ないという気持ちで一杯です。一度は大文字保存会も、陸前高田の松を使用すると決断を下したのは、正しかったと思いますし、送り火に鎮魂の意味合いがある以上、使用するのは当然だという気がします。
しかし、新たに取り寄せた松に放射性物質が検出したということが分かったために、京都市長は松を使用中止するという決定を下しました。この決定はやむなしと思いますが、そうなるまでなんらかの対応を取れなかったのかという悔いが残ります。
大文字保存会の人々も、陸前高田の薪に被災者が書いたメッセージを護摩来1000本に書き写してそれを焚きましたが、書き写した人々は思いのこもった言葉を1文字ずつ筆と墨で書き写すたび、涙がこみ上げてきたと云います。もとは善意から被災地の松を大文字送り火で燃やす計画が持ち上がったことであり、それが当初の形で実施できなかったのはなんともやりきれない気持ちがします。
そもそも、食品のように、薪焼却などにいくらの放射性物質の数値が出たら問題なのかという国としての基準が設けられていませんし、今回検出された数値が健康に被害を及ぼすことになるかどうかについても、専門の学者によっても全然影響がないという人、燃やすと放射性物質が濃縮されるという人、さまざまです。それだからこそ、一般の人々はますます不安感を募らせるわけです。
すべて悪いのは原発事故であり、このようなことが起こるとは想定していなかったその甘さが今回のことでも露呈しました。この件をめぐって、被災地の人々と京都の人々の間にわだかまりが生じないよう、またこれ以上放射能汚染が広がらず、除染をして避難している人々が一刻も早く愛する故郷に戻れるように、願ってやみません。
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