漫画探訪45 「サザエさんをさがして・クリスマスケーキ」 昭和17年にイブを祝った海老名香葉子氏

 今年は節電の影響からか、近所の家々のクリスマスのイルミネーションも縮小しています。日本ではクリスマスは戦後祝うようになったのかと思っていたら、明治の文明開化と共にクリスマスが一般化し、明治中頃には宗教色が薄まり、商業主義が前面に押し出されるようになったと、朝日新聞の土曜版「サザエさんをさがして」の「クリスマスケーキ」の中に書かれていました。出典はドイツ学者(クラウス・クラハト)が1999年に発表した「クリスマス どうやって日本に定着したか」です。
 戦時中はクリスマスは自粛されたとも書かれていますが、海老名香葉子氏が、朝日新聞夕刊の記事「人生の贈りもの」の中で、太平洋戦争が始まった後も彼女の家ではクリスマス・イブを祝っていたと語っておられます。彼女の家では、イブの晩には、お煮しめやかやくご飯、子供たちには板チョコが配られ、家族みんなで「きよしこの夜」を歌ったものであり、それが昭和17年まで続いたと云います。もっとも、彼女の父親の誕生日が12月24日だったことが戦後分かり、無愛想な父の気持ちがクリスマスにあったことを知って、胸が詰まったとも述べておられます。昭和16・17年は近所をはばかって行われていたのでしょうか。
 「サザエさんをさがして」の中では、1957年のイブの際、一家でクリスマスケーキを囲む場面に一人マスオの姿がないことについて、筆者の坂本哲史氏はマスオは「外で騒ぐパパ族」だったのではないかと推定しておられます。戦後から昭和30年代初めにかけて、クリスマスは盛り場で騒ぐものだったと書かれており、マスオもその一人だったというわけです。
 しかし、57年を境に、イブは盛り場から家庭の行事へと転換し、マスオも72年のイブの漫画では家にいて、ワインを楽しんでいる姿が示されています(この漫画は「サザエさん」第43巻にあることを私は確認しましたが、サザエさんがワインを注いでいます)。クリスマスケーキにキャンドルが立てられていますが、これは日本だけの伝統だけだということも「サザエさんをさがして」の中で明らかにされています。
 私自身、イブをスペインのマドリードで過ごしたことがあります(85年のことであり、外国でクリスマスを迎えたのはこの一度きりです)が、レストランでの食事の印象がよくなかった思い出があります。七面鳥が出るコース料理だったのはいいのですが、店員が次々に皿を出してきたため、ゆっくり料理を味わう間もなく、急いで口にしなければならず、すぐに皿を引き上げられてしまいました。店員たちは早く仕事を切り上げて、家に帰り、家族と共にイブを過ごしたかったのでしょう。これは当時としても極端な例であるかもしれず、そうでないとしても、今は改善されているのかもしれませんが。
 クリスマスが家庭の行事になっている一方で、若者の間では恋人と過ごす特別な日になっており、こういう日本の風潮にはいささか行き過ぎの感を覚えます。こういう恋人同士の特別な日になったのはいつ頃からなのでしょうか。私が学生時代だった、40年程前には一般的ではなかったように思います。今や恋人がいなくて一人寂しくクリスマスを過ごさねばならないことを嘆く若者も少なくないと聞きますが、これなども宗教とは関係がなくなった行事であることを端的に物語っている話です。

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