旅行記148 壱岐対馬を経て韓国へ7 原の辻一支国王都復元公園・一支国博物館・月讀神社・少弐公園

 
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 4月28日、壱岐の勝本城跡を訪ねた後、原の辻にある一支国(いきこく)王都復元公園へ行きました。「一支国」は、「魏志倭人伝」に登場しており、その王都のさまざまな建物や施設が大規模な敷地に復元されています。まずすぐそばにある「原の辻ガイダンス」の建物の展示室へ行き(ここは無料)、原の辻遺跡の発掘調査や整備の記録についての展示を見ました。レストランもあったので、そこで昼食を取りました。
 その後、復元公園をめぐりましたが、雨がぱらつき出し、傘をさしながらの見学となりました。原の辻遺跡は、丘陵の周囲を何重もの溝で取り囲まれた環濠集落で、丘陵には、王の館(上の写真)、祭儀場、迎賓場、集会所と長老の家、使節団の宿舎、交易司の家、物見櫓、穀倉、交易の倉などが立ち並んでおり、当時の様子がしのべるように工夫が凝らされていました。
 この後、近くにある一支国博物館へ車で行き、見学しました(ここは有料)。原の辻遺跡や一支国、古墳など、壱岐の歴史に関するさまざまな展示がされており、映像コーナーもあって、いろいろ学べました。「一支国」と同じ時代にあった「邪馬台国」のことにも思いを馳せ、似たような建物が建っていたのか、「邪馬台国」が畿内にあったのか、九州にあったのかということまで考えさせられました。この博物館は安藤忠雄氏の設計であり、洒落た造りになっていました。上から一支国王都復元公園を一望することも出来ます。喫茶コーナーで、遺跡から発見された人面石をかたどったとクッキーを食べて、休憩しました。
 さらに月讀神社、少弐公園と廻りましたが、月讀神社に祀られている月読命(ツキヨミノミコト)は、天照大御神(アマテラスオオミカミ)の弟、素戔嗚尊(スサノオノミコト)の兄に当たります。結構観光スポットになっているらしく、バスで団体客が次々と訪れていました。
 少弐公園は元寇の激戦地となったところで、弘安の役の折、19歳で戦死した少弐資時(しょうにすけとき)を祀った壱岐神社と墓があります。海の眺めも抜群でしたが、ここで戦いが行われたのかと思うと、複雑な気持ちにもなりました。
 壱岐めぐりはこれで終わりでしたが、壱岐の長い歴史の一端に触れた思いがしました。この後、対馬へ渡る港に行き、そこでレンタカーを返却して、6時10分発の高速船に乗りました。対馬まで1時間余り、対馬では雨が降っておらず、港から歩いて10分足らずのホテルに着きました。夕食は近くの店で取りましたが、次の日は対馬は1日雨が降り、予定の変更を余儀なくされました。

 

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