石田三成の実像3001 白峰旬氏「『(慶長5年)8月21日付山村良勝・千村良重宛大久保長安書状』について」16 家…

 白峰旬氏の論考「『(慶長5年)8月21日付山村良勝・千村良重宛大久保長安書状』について」(2020年発行『別府大学紀要』第61号所載)の中で、第31条の「金や代物【しろもの】(=金銭に代わる品物)がどれほど必要であっても言って欲しい。どれほどでも出すつもりである」と現代語訳されている部分について次のように解説されています。  「家康…
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朝日新聞の「今こそ見たい 子供向け教育番組」の第二位の「おかあさんといっしょ」娘が小さい頃一緒に見ていた番組 自作…

 朝日新聞の土曜版の「今こそ見たい」のコーナーで、「子供向け教育番組」として、読者のランキングで二位に選ばれていた「おかあさんといっしょ」ですが、娘が小さい頃、一緒によく見ていました。その当時は、歌のおにいさんは坂田おさむさん、歌のおねえさんは神崎ゆう子さんでしたが、二人とも子供に馴染みやすい存在でした。私は特に神崎さんが素敵で気に入っ…
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石田三成の実像3000 白峰旬氏「『戦功覚書』としての『本城惣右衛門覚書』(その1)ー本城惣右衛門は下級武士なのか…

 白峰旬氏の「『戦功覚書』としての『本城惣右衛門覚書』(その1)ー本城惣右衛門は下級武士なのかー」(別府大学大学院紀要)の中で、「本城惣右衛門覚書」から得られる知見について提示されていますが、そのうち使用した武器について次のように記されています(前半部分)。 「本城惣右衛門が使用した武器は鑓、刀であったことがわかる。鑓は攻城戦で使用し…
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朝日新聞「今こそ見たい 子供向け教育番組」の第1位は「ひょっこりひょうたん島」大人も楽しめ深いものがある人形劇・個…

 朝日新聞の土曜版の「今こそ見たい」のコーナーで、「子供向け教育番組」として、読者のランキングで一位に「ひょっこりひょうたん島」、二位に「おかあさんといっしょ」、三位に「ピタゴラスイッチ」が選ばれていました。  「ひょっこりひょうたん島」は、「子供向け教育番組」の範疇には入らないほど、大人が見ても楽しめ、パロディーに富んでいながら内容…
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石田三成の実像2999 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」36 本間宏氏「上杉景勝の戦い」16 兼続は福島へ移…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、本間宏氏の「上杉景勝の戦い」の中で、家康軍が撤退したと兼続が知った前後のことについて、次のように記されています。 「兼続は安子ヶ島在陣中に本庄繁長と面談し、以後の方策を協議したようである(『本庄氏記録』)。そして8月8日には米沢への伝馬を手配し、自身は安子ヶ島から福島へと移動した…
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自作短歌の周辺44 巻雲短歌会の歌誌最新号に載せた載せた文章「植村武先生の短歌とロシア語の翻訳」・「連作『歪められ…

 短歌会の歌誌の最新号に載せた拙文は、「植村武先生の短歌とロシア語の翻訳」と「連作『歪められた歴史』について」の二つです。前者は以前、拙ブログに何回かに分けて掲載したものを見直して、まとめたものです。ソ連政府が発行した「世界文学シリーズ」の「日本詩歌集」に、「巻雲短歌会」の創始者である植村先生の短歌五首がロシア語に翻訳されて載っています…
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石田三成の実像2998 白峰旬氏「『(慶長5年)8月21日付山村良勝・千村良重宛大久保長安書状』について」15 上…

 白峰旬氏の論考「『(慶長5年)8月21日付山村良勝・千村良重宛大久保長安書状』について」(2020年発行『別府大学紀要』第61号所載)の中で、第30条の「その谷(=木曽谷)での『口留』(=人や物資の出入を取り締まること)のことは厳しく命じて、上方より来た書状共は、奥筋(=奥州[東北地方]の方面)と(その)近国の者に対する計策(=計略)…
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「森喜朗会長の処遇の検討および再発防止を求めます」キャンペーンに賛同・ 思い出 長時間の大阪府立茨田高校の進級判定…

「女性蔑視発言『女性入る会議は時間かかる』森喜朗会長の処遇の検討および再発防止を求めます #ジェンダー平等をレガシーに」キャンペーンに賛同し、電子署名しました。森氏は発言を撤回、謝罪しましたが、それで済む問題ではなく、五輪憲章に反した今回の発言は、五輪バラリンピック大会組織委員会の会長として不適格であると云えます。評議員会の中でも、この…
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石田三成の実像2997 白峰旬氏「『戦功覚書』としての『本城惣右衛門覚書』(その1)ー本城惣右衛門は下級武士なのか…

 白峰旬氏の「『戦功覚書』としての『本城惣右衛門覚書』(その1)ー本城惣右衛門は下級武士なのかー」(別府大学大学院紀要)の中で、「本城惣右衛門覚書」から得られる知見について提示されていますが、そのうち人名の読み方についての指摘の続きです。 「⑦川瀬又兵衛の又兵衛は『又びやうへ』(つまり、史料の表記を補正すると『またびょうえ』になる)と…
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自作短歌の周辺43 巻雲短歌会の歌誌最新号に載せた作品・かつて修学旅行作品集や学年通信などに掲載したものを見直し

 巻雲短歌会の歌誌の最新号を発行しました。今回が145号です。今は1年に1回しか発行できませんが、半世紀余りにわたって出している歌誌ですから、少なくとも150号までは出したいと思っています。主宰者の植村紀子先生の死後、共同代表の三嶋健男氏と共に編集作業を行い、この体制で3号発行したことになります。今回、載せた自作短歌のうち、コロナ禍の中…
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石田三成の実像2996 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」35 本間宏氏「上杉景勝の戦い」15 兼続が家康追撃…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、本間宏氏の「上杉景勝の戦い」の中で、家康軍が撤退したと兼続が噂で知った直後のことについて、次のように記されています。  「兼続のもとには、家康軍が小山から撤退したとの噂が7月27日頃から伝わっていた。しかし真偽の判断がつかず、家康が江戸に帰城している8月5日の段階においても『内府…
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京都探訪330 隠退していた若冲が、錦市場の再開に尽力 錦市場の若冲の絵のシャッターラッピング

  若冲が錦市場の青物問屋の家督を弟に譲って画業に専念するようになったのは40歳の時ですが、石峰寺の五百羅漢像の制作を始めたのは61歳の頃だと言われています。石峰寺に隠棲したのは76歳の時、亡くなったのは85歳でした。  石峰寺の境内には五百羅漢だけでなく、釈迦の誕生仏、托鉢修業、説教場、賽の河原を表した石像など広範囲にわたって置かれ…
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石田三成の実像2995 白峰旬氏「『(慶長5年)8月21日付山村良勝・千村良重宛大久保長安書状』について」14 豊…

 白峰旬氏の論考「『(慶長5年)8月21日付山村良勝・千村良重宛大久保長安書状』について」(2020年発行『別府大学紀要』第61号所載)の中で、第30条の「その谷(=木曽谷)での『口留』(=人や物資の出入を取り締まること)のことは厳しく命じて、上方より来た書状共は、奥筋(=奥州[東北地方]の方面)と(その)近国の者に対する計策(=計略)…
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京都探訪329 龍谷大前深草駅から石峰寺へ・若冲の墓・制作した五百羅漢 ドラマ探訪47「ライジング若冲」大典顕常と…

 2月1日に公開した記事ですが、先に公開すべき記事を改めて2月1日付記事で公開したため、3日付記事に持ってきました。改めて2月1日付け記事の方にも目を通していただければと思います。ややこしくてすみません。  済生会病院に行った帰り、京阪電車の龍谷大前深草駅で降りて、約30年ぶりに石峰寺を訪ねました。京阪電車の龍谷大前深草駅は琵琶湖疏水…
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石田三成の実像2994 白峰旬氏「『戦功覚書』としての『本城惣右衛門覚書』(その1)ー本城惣右衛門は下級武士なのか…

 白峰旬氏の「『戦功覚書』としての『本城惣右衛門覚書』(その1)ー本城惣右衛門は下級武士なのかー」(別府大学大学院紀要)の中で、「本城惣右衛門覚書」から得られる知見について提示されていますが、そのうち人名の読み方についての指摘の続きです。 「⑤斎藤利三は、通説では、斎藤内蔵助(くらのすけ)と表記されるが、当時は『内蔵助』ではなく『蔵介…
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緊急事態宣言下、母の代理で受診2 以前は「一心」で母、妹と一緒に通院前に昼食・済生会野江病院との縁

 済生会野江病院での代理受診は午後からだったので、妹と病院の近くにあるうどん屋「一心」で昼食を取りました。母が歩ける時は、3人一緒にこの店で昼食を取っていたのですが、車椅子になってからは、この店で昼食を取ったのは一度だけでした。車椅子は店の外に置かねばならなかったためです。それからは母は施設で昼食を取り、われわれは施設近くの店で食べ、そ…
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石田三成の実像2993 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」34 本間宏氏「上杉景勝の戦い」14 上杉氏と佐竹氏…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の、本間宏氏の「上杉景勝の戦い」の中で、上杉氏と佐竹氏の同盟について、次のように記されています。 「8月4日、佐竹氏からの密使が直江兼続の陣を訪れた。佐竹氏の同盟要請に対し、兼続は独断でこれを了承し、使者を帰している(『8月5日付直江兼続書状写』【歴代古案】)。同日、景勝は兼続からの…
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緊急事態宣言下、母の代理で受診1 城東川(運河)沿いに済生会野江病院まで歩く 

 大阪の済生会野江病院で母の乳がんの診察を半年ごとに受けているのですが、本来なら本人を連れて行かなければならないものの(エコー写真を撮った上で、ホルモン剤を処方してもらっています)、1月の診察は緊急事態宣言が出されている状況で、94歳の高齢で足腰が弱り車椅子で連れていかなければならず、外出すれば感染リスクが高まるということもあって、担当…
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石田三成の実像2992 白峰旬氏「『(慶長5年)8月21日付山村良勝・千村良重宛大久保長安書状』について」13 京…

 白峰旬氏の論考「『(慶長5年)8月21日付山村良勝・千村良重宛大久保長安書状』について」(2020年発行『別府大学紀要』第61号所載)の中で、第23条の「京極高知は三河国を通って清須城(尾張国)へ着陣した旨の報告があった」と現代語訳されている部分について、次のように解説されています。 「8月21日(この書状の日付)の時点で、京極高知…
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50年前の大学合格電報・現役、浪人で受験した大学はそれぞれ1校のみ・大学に入ることだけが目的化している現状・入試制…

 50年前の大学の合格通知の電報が手元に残っています。合格発表は大学のキャンパスであったのですが、見に行くのに交通費と時間が結構かかるので、料金が安い電報を頼みました。電報は大学が行っているものではなく、学生たちが請け負ってしているものでした。  当時、国公立大学は授業料が格別安かったので、経済的に苦しいわが家でも行けたのですが、私立…
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