テーマ:思い出

最初の勤務校だった大阪府立茨田高校の周辺散策2 創立二年目に赴任・内々の通知が校長からあったのは1月9日・正式の内…

 大阪府立茨田高校のたたずまいはあまり変わっていませんでした。校舎の外装は私が勤務していた時と違っていましたが。一番変わっていたのは周囲の景色です。学校の周囲は四十年前は田畑が多かったのですが、今は住宅などが建ち並んでいて、田畑は見当たらず、隔世の感がありました。正門に行く道も、両側に住宅がずらりと建っていて、その奥に校舎が見えるという…
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最初の勤務校だった大阪府立茨田高校の周辺散策1 徳庵駅から四十年ぶりに歩く 商店街や寝屋川に架かる橋に当時をしのぶ

教員時代、最初の勤務校であった大阪府立茨田高校の周辺をほぼ四十年ぶりに歩き回ってきました(創立十周年記念の時に一度訪ねたことはありますが)。校内も見てみたかったところですが、コロナ禍のもとでは、仕方ありません。茨田高校へ行くには三つのコースがあります。高校に一番近いのは、バス停の「安田」というところで、そこから歩いて五分程で行けますが、…
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高校一年生の時の夏休み2 手に負えなかった地学の宿題・日本文学全集購入・始業式の日に読書感想文書き直し・石坂洋次郎…

 日記によると、高校一年生の時、岐阜の両親の実家に18日間行っていた間、小学校時代からの親友のF君は、お母さんの実家である東京に1週間程行っていました。岐阜から戻って3日後に宿題に取り組んでいる彼の家に行きましたが、数学の質問攻めにあったものの、私もさっぱりわからない難問ぞろいでした。二人とも手に負えなかったのは、地学の宿題である水系・…
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高校一年生の時、岐阜の両親の実家に18日間滞在・薮川で泳ぐ・妹の理科の自由研究や担任への暑中見舞文を手伝う・父の実…

 今年の夏はコロナ禍で帰省もままならなかったという人が多かったのはなんとも気の毒なことですが、今から53年前の高校一年生の時の日記を読み返していたら、夏休み、岐阜の両親の実家に18日間も行っていました。行きは妹と二人で、お盆の4日間は両親も駆け付け、帰りは家族一緒でした。そのため、夏休みの最初に宿題のかなりの部分を急いで済ませました。 …
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安倍長期政権の手法と弊害・高校一年生の時に行なわれた吉田茂元首相の国葬の時の日記の記述

 長期政権は、腐敗を生むとはよく言われますが、安倍政権もそうでしたし、佐藤内閣もそうでした。大学時代、デモなどに参加した時は、佐藤内閣退陣要求などを掲げていました。  安倍首相辞任による総裁選は、党員選挙は行わず、派閥の論理で菅首相ということで決まりそうです。安倍政権の継承ということで、あまり改革に期待はできないどころか、安倍政権の数…
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1967年の大阪府立高津高校入学式の日の日記の記述・「自由と創造」という校風・旧校舎の姿は卒業アルバムと心の中だけに

日記を書き始めたのは、1967年の4月の、大阪府立高津高校入学前後の時からですが、1年の時は結構書いていたものの、2・3年の時は中断し、再び書き始めたのは、大学入試が終わった直後の1970年の3月からです。大学時代、3年間の中断があるものの、1975年からは現在までほとんど毎日記しています。  高校の入学式は4月8日(土)に行なわれま…
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懐かしの少年テレビ映画2  七つの顔に変装できる「七色仮面」・正義の味方の元祖「月光仮面」・「昭和二六年生まれ」と…

 写真は、「わが世代 昭和二十六年生まれ」(河出書房新社) という本、及びその本に掲載されているものを撮ったものです。向かって左側から「七色仮面」「快傑ハリマオ」「月光仮面」で、いずれも当時の子供たちにとってのヒーローでした。  「七色仮面」は、七つの顔に変装できる人物で、その早変わりがユニークで面白いのですが、前半のシリーズは波…
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懐かしの少年テレビ映画1・少女歌手だった近藤圭子さんが歌った「豹の眼」と「快傑ハリマオ」の劇中歌・ハリマオの実像

小学生の時、近藤圭子さんという少女歌手・俳優がいて、清楚で魅力的なお姉さんとして憧れました。「豹(ジャガー)の眼」という子供向きドラマ(当時、少年テレビ映画と言っていました)では、錦華(きんか)役で劇中、「少女錦華の歌」を歌い、「快傑ハリマオ」というドラマでは、「南十字星のうた」という歌を歌っていました。両方の歌とも、ユーチューブで久…
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自作小説の周辺2 大学のテニスサークルの恋愛模様を描いた小説・自分が卓球やテニスを始めたのは三十才過ぎ

20年程前に書いた、大学のテニスサークルに属する男女の恋愛模様をテーマに描いた小説も、ワープロから取り出し、パソコンに移して編集を始めています。全くのフィクションで、男女10名それぞれの人物像の違いを明確なものにするのに少し時間がかかりましたが、楽しんで創作していたことを思い出します。  卓球、次いでテニスを本格的に始めたのは、三…
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自作小説の周辺1 二十年程前に書いた団塊の世代が活躍する「中年探偵団」・江戸川乱歩の「少年探偵団」への思い入れ

 中古ワープロのフロッピーディスクから以前書いた小説を呼び出し、フロッピーディスクドライブを使って、パソコンに取り込み、見直して再編集を少しずつ始めていますが、まず、手始めは二十年程前に書いた小説「中年探偵団」(仮題 「団塊の叫び」という名前も付けています)です。団塊の世代は、1947年から49年生まれですから(私より少し上の世代)、す…
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中古ワープロ購入・以前書いた小説をフロッピーディスクから呼び足し、パソコンに取り込む作業を開始

ネットで中古ワープロを買いました。十数年まで使っていたのと同じカシオの機種ですが、以前のものは壊れてしまいました。同じ種類のワープロを目にすると、時間が戻ったようで、懐かしさに駆られます。  フロッピーディスクに保存されている小説などのデータを取り出すために改めて買ったのですが、小説は原稿として残っていないものが半分以上あります…
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四天王寺の境内は子供の頃の遊び場・四歳の時の稚児行列の写真

 四天王寺は、新型コロナウイルス拡大防止のため、閉鎖されていましたが、6月8日から再開されます。閉鎖されたのは、聖徳太子が建てて以来のことだと、マスコミでも話題になりました。四天王寺のそばで生まれ育ったので、小さい頃から馴染みの場所で、境内を遊び場にしていました。子供の頃は昆虫採集もして、蝉、蝶、とんぼ、バッタなどをよく捕った場所ですが…
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大阪府立高津高校の同期生のヒロ寺平さんが深夜番組「ヤングタウン」に高校生の時にドラマーとして出演・高校紛争の激しか…

大阪府立高津高校の同期生で、ディスクジョッキーを長年務めたヒロ寺平さん(残念ながら、一度も同じクラスになったことはありません)が、毎日放送の番組「ちちんぷいぷい」(「おうちにいようよ」)にリモート出演し、昔の写真を紹介していました。その中に、高校二年の時に、毎日放送の深夜ラジオ「ヤングタウン」にドラマーとして出演していた時のものがあ…
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「ひょっこりひょうたん島」の復刻版に貢献した伊藤悟少年の克明なノート・伊藤氏「ひょうたん島大漂流記」

 人形劇と云えば、中学時代から高校時代にかけてNHKで放送された「ひょっこりひょうたん島」が強烈なインパクトを残しました。平日の午後5時45分から15分間の放送でした。この時間に間に合うように、学校から急いで帰ったものでした。  動くひょうたん島が、さまざまな不思議な国に漂着し、島の住民たちがそこで冒険を繰り広げるというロマンあふれる…
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唐突だった住吉高校の国際教養科設置・巻き起こった反対運動も実を結ばず・国際理解という専門科目を担当・民話から国民性…

 普通科だけだった大阪府立住吉高校に国際教養科が併設されたのは、平成2年のことですが、教員にそのことが知らされたのは前年の9月でした。全く寝耳に水の話で、校内で反対運動が起こりましたし、準備が整いそうになく少なくとももう1年延ばしてほしいと府教委や府会議員に陳情に行きました。しかし、そういう反対運動も空しく、そのまま強行されてしまいまし…
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9月入学問題・アメリカに留学していたため一人だけの卒業式になった住吉高校国際教養科の生徒・国際科有志による演劇「美…

9月入学は、クリアすべき問題が多すぎて、すぐに始めることができるかどうか疑問ですが、外国の状況に合わせて9月入学にすべきだとはかねてより思っていることです。  大阪府立住吉高校で国際教養科2期生の3年の担任をしていた時、一人の女生徒がアメリカの高校に一年間留学しました。アメリカで単位を修得して、卒業を満たすだけの単位を取れたため…
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阪神タイガース雑記13 1985年、日本一になった日とその時の日記の記述、同僚たちとの二度の祝勝会

 阪神が日本一になった1985年11月2日のことも忘れられない日です。この日は土曜日で、当時、大阪府立住吉高校に勤務していましたが、学校は昼まででした。午後から日本シリーズ第6戦が行われ、社会科の部屋のテレビで見ていました。試合の経過及びその時の様子について、当時の日記には、次のように記しています。  「日本シリーズは阪神が初回いきな…
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阪神タイガース雑記12 1999年の新庄選手の敬遠サヨナラ打・1985年甲子園バックスクリーン3連発・優勝した時の…

 「なにわの地理博士」こと、村瀬哲史氏が野球の試合がないのは、なんとも寂しいとラジオ番組でおっしゃっていましたが、そういう思いを持っている人々はたくさんいると思います。今年は甲子園へ観戦に行けるかどうかわかりません。 ヤフーニュースに「新庄氏の敬遠サヨナラ打 裏話」の記事が掲載されていましたが、甲子園での巨人との延長戦で、阪神の…
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大学生の苦しい生活を憂う・思い出 経済的に貧しかった中で、京都で充実した大学生活を送れたことに感謝・就職して買えた…

新型コロナウイルス拡大の影響で、大学生の生活が苦しくなっているということが報じられています。アルバイトができず、親からの仕送りなどの金銭援助も難しくなってきており、退学も考えている学生もいるとのこと。こんな形で学ぶ機会が失われるのは、気の毒でやりきれない気持ちがします。  私は経済的に貧しい家庭に育ちましたから、そういう状況にありなが…
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日本文学探訪128 NHKの番組「偉人たちの健康診断 与謝野晶子」2 夫婦の関係逆転・鉄幹の適応障害・晶子の心臓病…

 一般的には、与謝野晶子は有名でも、夫の与謝野鉄幹の知名度はそれほど高くないかもしれません。結婚後、「みだれ髪」で一躍有名になった晶子のもとには仕事が一杯舞い込みますが、鉄幹の方には仕事の依頼がほとんどありませんでした。夫婦の関係が逆転し、鉄幹にとっては、パワフルな妻がそばにいることで、それがかなり強いストレスになり、適応障害を引き起こ…
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約5年ぶりの大阪府立大手前高校訪問8 作法室での茶道部のもてなし・東儀秀樹の文章によって雅楽の奥深さを知る

大手前高校の作法室で、茶道部の部員によるお茶のもてなしを何回か受けました。心がゆったりするひとときでしたし、特別な空間でした。外国の高校生が訪問した時にも、茶道部をお茶をふるまっていましたが、好評だったようです。今も来校者に対してお茶のもてなしは続けられているのでしょうか。茶道も日本の伝統文化の一つですから、外国の人々にもできるだけ知っ…
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回想・大手前高校で発行していた学級通信・生徒の自己紹介文、行事の感想、iPS細胞の記事などさまざまな話題を提供・二…

 大手前高校で担任した時に発行した学級通信は今でも残してありますが、58期生二年前期は11号、二年後期は8号、三年は18号、68期生二年後期は12号、三年は21号までそれぞれ出しました。半月に一回ぐらいのペースで出したことになりますが、これぐらいが精一杯でした。  今でも思うのは、二年前期の忙しさです。半年のクラスなのに、行事としては…
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約5年ぶりの大阪府立大手前高校訪問7 昭憲皇太后(明治天皇の皇后) 行啓記念碑・大阪府高等女学校時代に訪問・伏見の…

 大阪府立大手前高校が伝統校であることを物語るものとして、校内に建っている昭憲皇太后行啓記念碑があります。昭憲皇太后は、明治天皇の皇后であり、一条家の出身で、名前は勝子(まさこ)、のちに美子(はるこ)と改名しました。皇后になったのは、明治元年のことであり、当時19歳でした。  昭憲皇太后が訪れたのは、大手前高校が大阪府高等女学校…
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約5年ぶりの大阪府立大手前高校訪問6 回想  レベルの高いコーラス大会・驚かされた生徒の本気度・審査の大変さ

大手前高校のコーラス大会にかける生徒の本気度には驚かされるばかりでした。赴任した当時、朝、登校する時から三年生のクラスからコーラスを練習する声が聞こえていました。コーラス大会は五月に行なわますが、三年生は二年の後期にすでに次年度の合唱曲を決めているクラスもあり(二年後期から一年半同じクラスです)、早くから練習に取り組んでいましたから、最…
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約5年ぶりの大阪府立大手前高校訪問5 回想 三年の文化祭で演劇「ベルサイユのばら」を凝った演出で熱演

 今から15年前のことになりますが、大手前高校で58期生の三年理系の担任をした時、文化祭で演劇「べルサイユのばら」を行ないました。この場合もすべて生徒たちが企画・運営しましたから、担任は付き添うだけでした。脚本は女子生徒が書きましたし、小道具・大道具も生徒が工夫してこしらえ、劇の演出も凝っていました。  マリーアントワネットが処刑され…
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約5年ぶりの大阪府立大手前高校訪問4 回想 赴任二年目に二年担任・学級通信発行・文化祭に三体のグリコ人形

大手前高校赴任二年目に、突然二年の担任に入ったのですが、学年主任のI先生に担任に入ってくれないかと打診されました。担任の先生で部長に選ばれた人がいて、兼務は難しいと担任を辞退され、私に声がかかったというわけです。大いに不安はありましたが、引き受けました。生徒との距離を縮めるべく学級通信を初めて出しましたが、結構有効で、大手前で担任した間…
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約5年ぶりの大阪府立大手前高校訪問3 伝統的に続いている一年生のかるた大会

 大手前高校を訪ねたのは1月30日の木曜日でしたが、四限終了後、一年生は体育館に集合するようにという校内放送が入りました。五限はLHRの時間ですが、この日はかるた大会が開かれました。もっとも、国語科のI先生と会ってほどなく、二人で大手前を後にしたため、かるた大会を見ることはできませんでしたが、かるた大会がずっと続いていて、伝統が守られて…
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約5年ぶりの大阪府立大手前高校訪問2  書庫に大量の蔵書・図書部長の時、満杯のため古本を一部廃棄せざるをえず 

 大手前高校で一番気になっていたのは、書庫の状態でした。書庫がどこにあるか知らない生徒や教職員の方が多いかもしれません。別棟の理科棟一階の食堂の手前にあります。ここには、昔からの書籍が大量に保管されています。130年以上の歴史がある伝統校ですから、当然ですが。  定年までの4年間は図書部長をしていたのですが、当時、書庫が満杯の状態で、…
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約5年ぶりの大阪府立大手前高校訪問・変わっていない校内の様子・少なくなった顔見知りの教員・多目的に利用されているコ…

5年ぶりぐらいに大阪府立大手前高校を訪ねました。定年までの9年間同僚だった国語科のI先生が、今年度も非常勤講師として勤めておられるので、連絡を取り、会いに行きました。先生は4限(65分授業で1日5限制です)に授業が入っていたので、その途中に学校に着き、授業の邪魔にならないように校内を少しぶらついて、授業の終了を待ちました。  校内の様…
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宅浪していた浪人時代の思い・コーチを得て一段と成長した宇野昌磨選手・「正解が一つしかない問題をうさんくさいと思った…

浪人時代、家が貧しかったので、予備校に行かず、自宅浪人しましたが、勉強は自分でやるものだと思い、行かなくても大丈夫だと思ったからです。しかし、実際、自分一人で勉強しながら、そのやり方でいいのか不安がありました。Z会の添削指導だけは受けていましたが、全国模試を受けたこともなく、母校の大阪府立高津高校の実力テストを受けに行くだけでした(当時…
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