テーマ:旅行記

旅行記205 11月2度目の近江旅行7 石田三成の実像2773 徳源院・京極家墓所

 11月24日、米原市の成菩提院での三成会議のイベントは午前中だったので(谷口徹氏の講演「石田三成と十三ヶ条掟書」の内容については後述します)、その後、一人、京極家の墓所がある徳源院を訪ねました。歩いて二十分余りですが、何年か前にも訪ねたことがあります。紅葉を見に来ている人々もいましたが、はや散り始めていました   京極家初代の氏信が…
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旅行記204 11月2度目の近江旅行6 石田三成の実像2772 成菩提院の「三成会議」1「乙訓戦国つつじ」のメンバ…

 佐和山城跡ののろし駅伝・いしだみつにゃん誕生祭の翌日は、米原市柏原の成菩提院で三成会議のイベントが開かれました。私が行った時には、三成マンホールデザイン表彰式は終わっており、「乙訓戦国つつじ」のメンバーによる甲冑劇が始まっていました。三成の少年期から、成長して秀吉のもとで活躍し、関ヶ原の戦いで敗れて処刑されるまでを三十分という短い枠の…
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旅行記203 11月2度目の近江旅行5 石田三成の実像2771 いしだみつにゃん誕生祭3・田附清子氏の講演「三成の…

  写真はいしだみつにゃん誕生祭の際の時の昼食を撮ったものです。売り切れているかと思ったのですが、まだありました。かやくご飯(全国的には炊き込みご飯と言いますが)、しじみ汁、お茶のペットボトル、それに三成の辞世の歌とされる「散り残る紅葉」の和歌が記されたボールペンが付いていました。  誕生祭の〇✕クイズで、「近江鉄道のいしだみつにゃ…
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旅行記202 11月2度目の近江旅行4 石田三成の実像2770 いしだみつにゃん誕生祭2・田附清子氏の講演「三成の…

 写真は11月23日の午後に彦根の佐和山会館で行われた、いしだみつにゃんの誕生祭のバースディーケーキです。みつにゃんには色紙やきつねのぬいぐるみもプレゼントされていました。家康が「たぬき」と呼ばれているのに対して、三成は「きつね」と言われることがよくあるのにちなんだ贈り物です。  さて、その時に行われた 田附清子氏の講演「三成の歌~辞…
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旅行記198 出雲旅行9 松江城の興雲閣・大正天皇の皇太子時代の御宿所

松江城の二の丸に建っている興雲閣も趣きがありました。鳥取城跡の一角に建つ仁風閣と似たような雰囲気があります。もっとも仁風閣には、そばに庭園があり、その眺めも美しいのですが、興雲閣には庭園はありません。  興雲閣は、松江市工芸品陳列所として明治時代に建てられました。もともと、明治天皇の行在所(あんざいしょ)として使うのに建てられたため、…
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旅行記197 小倉旅行19 下関の赤間神宮の「芳一堂」 日本文学探訪 小泉八雲「耳なし芳一」・八雲の来日・漱石との…

  小泉八雲の小説、「耳なし芳一」の舞台となった、赤間神宮の「抱一堂」を7月の下関散策の時に訪ねました。小説では、阿弥陀寺として出てきます。盲目の琵琶法師の抱一が、知らずに安徳天皇の墓地に連れていかれ、「平家物語」の壇ノ浦の一節を、滅亡した平家の怨霊たちに聴かせたところ、怨霊に気に入られ憑りつかれてしまいます。それを知った和尚が芳一を救…
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旅行記196 出雲旅行8 松江の「蓬莱吉日庵」の「魚一復刻ランチ」

 松江散策の際の昼食は、松江城を見学する前に取りましたが、城の南に位置する「蓬莱吉日庵」で、情報誌に載っていた店です。母屋は明治時代に建てられたもので、昭和の最初に離れが増築され、料亭「常乃家」として創業されました。 松の間のテーブル席で広い庭の風情を楽しみながら食べました。頼んだのは、リーズナブルな価格の「魚一復刻ランチ『湖月』…
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旅行記195 近江旅行4 「きのもと交遊館」・冨田酒造の「七本鎗」

滋賀県に行けば、「七本鎗」という日本酒を飲むことがよくあるのですが(三成祭の時は「石田三成」なる日本酒ですが)、木之本町の冨田酒造が作ったものであることを、今回、「きのもと交遊館」を訪ねて初めて知りました。冨田酒造について館の人に丁寧に説明していただきました。京極家の血を引く人が、天文年間にこの地で造り酒屋を開業して480年余りというこ…
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旅行記194 近江旅行3 賤ヶ岳の戦いの際、秀吉の本陣となった木之本地蔵院

4日にオンライン三成会の人と佐和山に登りました(そのことについては後述します)が、その後、米原駅で別れ、一人で木之本駅まで行きました。数年前に木之本で講演会があった時、木ノ本駅に降り立ったことがあり、その時は駅の北にある黒田家御廟所を訪ねました。今回は駅の東にある木之本地蔵院や「きのもと交遊館」などを訪れました。そのずっと東に行ったと…
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旅行記193 出雲旅行7 小泉八雲記念館・小泉八雲旧居 小学生の時に強い印象を受けた短編小説「かけひき」

 松江散策は、松江城の北側に出て、堀のそばにある小泉八雲記念館とその隣の小泉八雲旧居へと回りました。  小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)はギリシャ生まれのイギリスですが、明治23年に英語教師として来日し、松江に赴任します。元松江藩士の娘のセツと結婚し、この旧居で半年間、新婚生活を送りました。この後、熊本に移り、さらに神戸・東京に居を移…
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旅行記192 出雲旅行6 松江城・松平神社・興雲閣・堀尾吉晴

 出雲旅行の3日目は松江散策に行ってきました。前日と同じく一畑電鉄に乗りましたが、松江しんじ湖温泉駅まで一時間程かかりました。曇り空でしたが、時々日が差し、前日とはうって変わった天候でした。まず松江城に行きましたが、天守だけでなく、城内の松平神社の隣に建つ、明治天皇の御宿所として作られた興雲閣のたたずまいも趣きがありました。  天守は…
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旅行記191 近江旅行2 蒲生野で詠まれた額田王と大海人皇子の贈答歌 船岡山の歌碑・陶板レリーフ

今回の近江旅行は、1日の昼に彦根に到着し、ホテルに荷物を預けてから、近江鉄道で市辺駅へ行き、蒲生野あたりを回ってきました。天智7年、蒲生野で薬猟(【くすりがり】男は鹿の新たに生えかわった角をとり、女は薬草をとる行事)をした際、かつての恋人同士であった額田王(ぬかたのおおきみ)と大海人皇子(後の天武天皇)との間で次のような歌が交わされたと…
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旅行記190 近江旅行1 四日間の概要 石田三成の実像2754 中井俊一郎氏の講演「三成研究最前線 主に三成最期の…

 1日から4日まで、彦根・米原・長浜方面に行ってきました。彦根のホテルに3泊しました。三成関係のイベントが連日あったからですが、1日は昼に彦根入りし、午後は三成に関係ないものの、蒲生野まで行ってきました。「万葉集」に出てくる額田王と大海人皇子(後の天武天皇)の相聞歌の舞台となったとされる場所ですが、このことについては後述します。  2…
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旅行記189 出雲旅行5 出雲大社の一の鳥居から四の鳥居まで・四の鳥居(銅鳥居)は毛利輝元が最初に寄進

  旧大社駅が駅として機能していた時には、宇迦橋を渡り、一の鳥居である宇迦橋の大鳥居を通って、神門通りを歩き、二の鳥居である勢溜(せいだまり)の大鳥居、祓橋(はらえのはし)、三の鳥居である松の参道の鳥居、四の鳥居である銅鳥居をそれぞれ通って、出雲大社にお参りできたわけです。   今は一畑電車の出雲大社前駅は一の鳥居の内側にありますから…
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旅行記188 出雲旅行4 大正ロマンただよう旧大社駅

一畑電車の出雲大社前駅は一の鳥居の北側の神門通りの途中にありますが、旧大社駅は一の鳥居からさらに南まで歩いて十分程かかります。しかし、雨の降る中、行ってみた価値は大いにありました。平成2年にJR大社線が廃止されるまで実際に使われていた駅で、駅舎もホームも線路も残されており、当時の雰囲気をしのぶことができます。駅が開業したのは明治時代末で…
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旅行記187 出雲旅行3 出雲そば「淡雪」 出雲ぜんざい ぜんざいの由来

出雲大社を参詣した後の昼食は「そば処 かねや」で取りました。勢溜の大鳥居から神迎の道を西に歩いて十分程かかりましたが、行っただけの値打ちはありました。温かいそば「淡雪」を注文しましたが、雨に濡れて体が冷え切っていたので、ほっと一息つけました。卵とろろ、のり、紅葉おろしが入っており、出汁と相まってそばの味を引き立てていました。出雲そばは前…
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旅行記186 出雲旅行2 雨の中、出雲大社へ 拝殿と神楽殿の大注連縄

旅行2日目は、雨の中、出雲大社へお参りに行ってきました。出雲市駅から一畑電車に乗り、川跡駅で乗り換え、出雲大社前駅まで三十分程です。電車の中に、ゆるキャラ「しまねっこ」が鎮座ましまし、早くも参詣気分を盛り立ててくれます。  電車は神門通りに着きますが、そこから歩いて出雲大社拝殿、本殿までは三十分余りです。天候が悪い中、かなりの参拝者が…
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旅行記185 出雲旅行1 電車を乗り継ぎ出雲市駅へ・夕食は三段の割子そば定食

23日から3泊4日で夫婦で出雲に行ってきました。初日はほとんど移動が中心でした。JR六地蔵駅から京都に出て、新快速に乗り、新大阪から新幹線で岡山へ、そこから特急に乗り換えて、四時過ぎに出雲市駅に着きました。  昼食は京都の「たん熊 北店」の弁当を新大阪で買って車内で食べました。辛くもなく、品のよい京料理の味でした。  もともと岡山駅…
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旅行記184 小倉旅行18 下関・金子みすゞ詩の小径、顕彰碑、詩の世界と不幸な結婚、西条八十との出会い

  金子みすゞは、山口県大津郡仙崎村(現在の長門市仙崎)の生まれですが、20歳で下関へ移り住み、ここで詩作活動を行います。しかし、期間はわずか五年間でした。不幸な結婚をし、夫の放蕩に悩まされ、詩作も禁じられ、あげくに夫から淋病を移されます。結局、離婚するものの、娘の親権を夫に要求され、絶望のあまりわずか26歳で自殺します。あまりにも可哀…
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旅行記181 小倉旅行15  義経を演じた滝沢秀明さんの手形・アンヴァリッド博物館で発見された長州砲・下関戦争

壇之浦古戦場址には、大河ドラマ「義経」で主演を務めた滝沢秀明さんの手形も置かれています。手形はこの他にも、このドラマに出演していた松坂慶子さん、中越典子さん、小泉孝太郎さんのものもありました。松坂さんは、安徳天皇と一緒に入水した二位尼(清盛の妻で安徳天皇の祖母)を演じました。義経を主人公にした大河ドラマと云えば、中学生の時に見た、「源…
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旅行記178 小倉旅行12 関門連絡船で下関へ・日清講和記念館・李鴻章道

門司港から連絡船に乗って下関に向かいましたが、宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘したことで有名な巌流島行きの船も出ています。天気がよければ、巌流島にも足を運びたかったのですが、雨がちの天気なので、下関を訪ねることを優先しました。船は平日なので、空いていました。所要時間5分ですから、すぐに着きますが、関門海峡を渡っているという実感はありました…
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旅行記177 小倉旅行11 門司港のレトロな建物群

 小倉旅行3日目は、門司、下関を回りました。小倉から門司港まではJR、門司港を散策してから、下関へは連絡船で渡りました。乗船時間はわずか5分で、片道400円ですから、高くありません。下関を散策し、帰りもまた連絡船に乗って、同じルートで小倉のホテルに戻りました。京アニ放火殺人事件が起こった日ですが、門司・下関散策中はそのことを知らず、ホテ…
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旅行記175 小倉旅行9 鴎外橋・鴎外文学碑・常盤橋と広告塔

小倉城庭園のすぐ東側を紫川が南北に流れていますが、その川に架かっているのが、鴎外橋で、そのたもとに森鴎外の文学碑が建っています。生誕百年を記念して昭和37年に建てられましたが、この文学碑はこの北にある常盤橋にあった広告塔を模したものです。この広告塔のことは、鴎外が書いた小説「独身」の中にも出てきており、文学碑にその一節が刻まれています。…
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旅行記172 彦根旅行3 京アニ制作の「けいおん!」の舞台となった、ヴォーリズ設計の豊郷小学校旧校舎

 彦根旅行三日目の4日、近江鉄道の一日乗車券を使って、猛暑の中、五個荘駅から歩いて近江商人屋敷周辺を一時間半程にわたって見て回り(時間の関係上、また暑くて屋敷を見学している余裕はありませんでした。また季節のいい時にじっくり訪ねてみたいと思います。屋敷周辺の散策については、改めて拙ブログで取り上げるつもりです)、その後、豊郷駅に出てから歩…
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旅行記171 彦根旅行2 石田三成の実像2706 三成ブックカフェ さらに充実した内容

 米原市の大原観音寺で行われた「三成ブックカフェ」のオープニング・イベントの後、ブックカフェの方へ行って、アイスコーヒーを飲み(三成の旗印「大一大万大万吉」の焼印の入った煎餅が付いていました)、幅広く集められた三成に関連する本を見て回りました。映画「関ヶ原」も上映されていましたし、ゲーム類も並べられていました。本にはコメントのようなもの…
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旅行記170 彦根旅行1 石田三成の実像2705「三成ブックカフェ」のイベント 前田鎌利氏による「大一大万大吉」の…

フェイスブックの方でも記しましたが、3日に米原市の大原観音寺で行われた、「石田三成ブックカフェ」のオープニングイベントに参加しました。前日の昼に彦根入りし、午後は、仙琳寺(江戸時代、石田三成や一族の供養のために、入山禁止の佐和山に領民たちが入って置いたとされる石田地蔵が並べて置かれていますが、残念ながら門が閉まっていました)の竹林のそば…
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旅行記166 小倉旅行3 杉田久女句碑 夫の赴任に伴って小倉へ 結婚生活の不満 「花衣」「谺して」「足袋つぐや」の句

 17日の小倉市内散策は、森鴎外旧居を訪ねた後、南に進み、堺町公園にある杉田久女の句碑を訪ねました。「花衣(はなごろも)ぬぐや纏(まつ)はるひもいろいろ」という句です。花見に着ていった和服を脱いだが、下紐がいろいろあって、解いてゆくのが煩わしいといった内容の句です。女性らしい作品ですが、束縛感もうかがえます。久女は夫が旧制小倉中学に赴任…
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旅行記163 三成の実像2641 壱岐対馬を経て韓国へ22 碧蹄館の戦いの跡碑・仁川から帰国

 5月2日、ソウル郊外の幸州山城跡に行った後、昼食を取り、碧蹄館の跡地と碧蹄館の戦いの跡碑を訪ねました。ここも17年前にも訪ねていますが、最初、碧蹄館の跡地がなかなかわからず、車で少しうろうろしました。碧蹄館は中国使節の宿泊地だったところで、以前はその跡地の中に入れましたが、今は柵があり、中に立ち入ることができません。今は礎石などが残っ…
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旅行記162 三成の実像2640 壱岐対馬を経て韓国へ21 朝鮮側が勝利した幸州山城の戦い

 5月2日、景福宮を見学した後、ソウル郊外の幸州山城に行きました。ここは17年前にも訪ねましたが、一段と整備され、花などもきれいに咲いていました。幸州山城は文禄の役の際、明・朝鮮側が勝ったところで、三大戦捷地の一つです。勝利した権慄将軍の像が建ち、救国の英雄として「忠荘祠」に祀られています。山頂には高い大捷碑が建って、威容を誇っています…
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旅行記161 三成の実像2639 壱岐対馬を経て韓国へ20 三成が来た時には焼けていた景福宮

  釜山の倭城めぐり2日目、釜山子城台跡、釜山母城跡、北東の西生浦倭城跡、蔚山倭城へ行った後、蔚山駅から今度は韓国高速鉄道(KTX)でソウルに向かいました。所要時間は2時間20分でした。そこから地下鉄に乗り換え、東大門にあるホテルに着いたのは8時半でした。夕食は駅で買った巻き寿司を車内で食べて済ませました。もっとも、ホテルに着いて荷物を…
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