テーマ:旅行記

旅行記247 石田三成の実像3018 彦根でのイベント「三成の戦 九」「三成の戦 拾」2 三成書状の所蔵者の方と出…

南彦根のホテルは朝食付きでしたが、バイキング(ビュッフェ) 形式で、手を消毒した上、料理を取る時はマスクを着用してビニールの手袋をしなければならず、食べる時だけマスクを外せました。席も離してありましたし、感染防止対策はよくされていると思いました。  チェックアウト後、平和堂で買物をしてから、荷物を南彦根駅のロッカーに預け、またひ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記246 石田三成の実像3016 彦根でのイベント「三成の戦 九」「三成の戦 拾」1 1年ぶりの宿泊・初日は演…

  南彦根のホテルに一泊し、3月13日、14日にひこね市文化プラザで行われた、「三成の戦 九」「三成の戦 拾」を見に行ってきました。一年ぶりの宿泊です。  昼前に南彦根駅に着き、まず駅近くのホテルに荷物を預けました。昼食はコンビニで幕の内弁当を買って、駅のベンチで食べました。今回はコロナのこともあって、飲食店で食事をすることは一回もあ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記245 35年前の12日間の新婚旅行8 アテネでかろうじてパルテノン神殿などを見学・夕方の便で帰国・成田経由…

1986年1月2日、ロードス島の空港に再び行きましたが、前日の便で出発する予定だったので、キャンセル待ちの状態になり、ようやく11時発のオリンピック航空の飛行機に乗ることができ、正午にアテネに着きました。4時40分発の便でアテネからKLMの飛行機で帰国の途に就かねばならなかったので、昼食を取る時間もなく、アクロポリスの丘にあるパルテノン…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記244 35年前の12日間の新婚旅行7 1月1日はロードス島の市内観光・購入した絵皿・夜にアテネへ飛行機で行…

 1月1日は朝10時の集合でした。みんな夜中遅くまで起きていたので、遅めの出発になりました。ロードス島の旧市街の城跡や町並みを散策しましたが、午後は自由行動だったので、ホテル近くの港や風車、わずかに開いている店(ほとんどの店は閉まり閑散としており、正月気分はほとんど味わえませんでした)を見て回ったり、セルフサービスの店で紅茶とケーキを口…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記243 35年前の12日間の新婚旅行6 大晦日の朝、ロードス島に着き、昼まで寝る・午後はリンドス遺跡見学・レ…

 35年前の大晦日、アテネ空港のロビーで夜中4時間近く過ごしましたが、ほとんど眠れず、ロードス島に向かう早朝の5時40分発の飛行機の中で、ようやく1時間近く寝ました。ホテルに着くと、早速、朝食を取りましたが、ツアー客みんなしんどそうでした。その後、2時間半程、部屋で寝ましたが、完全な寝不足状態でした。  疲れている中、1時に集合し、ホ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記242 35年前の12日間の新婚旅行5 ストで飛行機が飛ばずローマ市内に戻って自由行動・スペイン広場などを回…

 新婚旅行の際、12月30日はホテルに泊まれず、アテネ空港で夜中を過ごすはめになりまた。本来は、ローマから飛行機でアテネ経由でロードス島に向かう予定でしたが、アテネ空港の従業員ストのあおりを受けて、予定の飛行機が飛ばなくなりました。一旦、ローマ空港にバスで向かいましたが、すぐに飛ぶ別の飛行機は見つからず、夜10時半に離陸するカンタス航空…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記241 35年前の12日間の新婚旅行4 パリのデバートで買物・ローマ空港に着いた前日にテロ事件・コロッセオで…

 新婚旅行は、パリに2泊した後、12月28日、夕方の飛行機でローマに行きました。ドゴール空港から2時間のフライトでした。ちなみに、スペインからフランスに入国する時は、オルリー空港からでしたが、その5年前に友達とフランスに入国したのもオルリー空港でした。   その日の午前中はパリで自由行動だったので、地下鉄でデパート「プランタン」へ行っ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記240 35年前の12日間の新婚旅行3 パリ二日目の市内観光、午後は自由行動・夜は「ムーラン・ルージュ」でナ…

 85年の新婚旅行の際、パリ二日目の午前中は、市内観光ツアーで、エッフェル塔がよく見える場所、モンマルトルの丘、サクレクール寺院などを回りましたが、いずれも5年前に友達と巡ったところだけに、懐かしさに駆られました。  昼からは自由行動だったので、二人で地下鉄に乗りコンコルド広場に出て、オランジュリー美術館を見学しました。オランジュリー…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記239 35年前の12日間の新婚旅行2 クリスマスの日はトレド観光・夕食は店が開いていないため部屋で菓子で済…

 マドリッド2日目は、クリスマス当日で、午前中は古都トレド観光をしました。町の景観は美しく、旧市街を歩き、500年かかって出来上がった大聖堂や画家のグレコの家などを見ました。キリストの生誕の様子を再現したオブジェがあり、クリスマスであることをわずかに感じることができました。  ツァーに昼食が付いていましたが、普通のレストランはほとんど…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記238 35年前の12日間の新婚旅行1 1月3日に帰国・マドリッドでクリスマスを迎えたものの、雰囲気はあまり…

  昨年の12月22日で結婚して35年になりました。最初は記念日に外でちょっとしたランチを食べることも考えたものの、コロナの感染拡大で先延ばしにし、京都の「若菜屋」の栗菓子を買ってきて、夕食のデザートに食べるというささやかなものになりました。栗入り抹茶饅頭の「抹茶栗璞(りつぼく)」を口にしましたが、栗の入った独特のあんの味が絶妙でした。…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記237 1980年の友達との初めてのフランス旅行13 帰りの南回りの飛行機は2日がかり・ソウルで一泊、市内観…

1980年夏のN君との初めてのフランス旅行の際、帰りの飛行機はスイスのチューリッヒ発の大韓航空でしたが、南回りだったので相当時間がかかりました。途中、バーレーン、マニラに寄り、ソウルで一泊しました。ソウルに着いたのは夜で、大阪に帰る便がないため、大韓航空で用意してくれたホテルに泊まりました。翌日、ソウルの宮殿、土産店などに案内され、午後…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記236 1980年の友達との初めてのフランス旅行12 フランス語圏のジュネーブ、ドイツ語圏のチューリッヒにそ…

 1980年夏のN君との初めてのフランス旅行では、結局、フランスに18泊し、グルノーブルからスイスのジュネーブに入りました。入国検査は、パスポートを見せるだけの簡単なものでした。まず両替しましたが、700フランが270スイスフランほどでした。スイスの物価の高さは随所で感じました。まずホテルを決め、昼食を取ってから、市内観光しました。イギ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記235 1980年の友達との初めてのフランス旅行11 冬季五輪の施設が残るグルノーブル・山上のバスチーユ要塞…

1980年夏のN君との初めてのフランス旅行の際、グルノーブルに泊まるのは当初の予定になかったことですが、グルノーブルは一度訪ねてみたいところでした。1968年に冬季オリンピックが開かれ、その時の記録映画「白い恋人たち」を見て、その世界に引き込まれました。フランシス・レイのテーマ曲の美しく甘い、心に沁みるメロディーが、映像を見事に引き立て…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

石田三成の実像2932 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」18 水野伍貴氏「徳川家康の戦い」16 徳川氏関係者…

 白峰旬氏編著「関ヶ原大乱、本当の勝者」(朝日新書)の水野伍貴氏の「徳川家康の戦い」の中で、関ヶ原の戦いにおける家康軍について、次のような指摘がされています。  「家康が美濃赤坂(大垣市赤坂町)に着陣したのは本戦前日の9月14日であり、これまで幾多の前哨戦か行われていたが、家康は本戦まて采配をまったく振っていなかったのである。結果的に…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記234 1980年の友達との初めてのフランス旅行10 エクス・アン・プロヴァンスを訪ねたものの、セザンヌのア…

1980年夏のN君との初めてのフランス旅行ですが、マルセイユ市内観光をした次の日は、まず駅の両替所へ行ったところ、閉まっていました。次に港近くにある両替所まで足を伸ばしましたが、開いていたもののスイスフランに替えてもらえませんでした。予定では、翌日にスイス入りをするつもりでしたが、この日は土曜日で、この分では日曜もスイスフランに両替でき…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記233 1980年の友達との初めてのフランス旅行9 マルセイユで2泊・パレ・ロンシャン公園散策・イフ島の牢獄…

1980年夏のN君との初めてのフランス旅行では、南フランスのアルルからマルセイユまで移動し、二泊しました。電車で40分程の距離でした。まず駅近くでホテルを探し、ホテルに荷物を預けてから、市内散策をしました。    セルフ・サービスの店で昼食を取った後、パレ・ロンシャンを訪ねましたが、「パレ」は宮殿という意味で、見るからに宮殿風の趣き…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記232 1980年の友達との初めてのフランス旅行8 一緒にアヴィニョンに行く・法王庁・アヴィニョン橋

1980年夏の初めてのN君とのフランス旅行の際、一人でアルルの町をめぐった次の日も、午前中はアルルの城壁を見、橋をわたって対岸に出て、町はずれまで歩いてゆきました。再び町に戻り、N君と合流しました。待ち合わせの時間は正午で、それから国鉄で一緒にアヴィニョンに行きました。アルルの北にあり、少し電車で戻る形になります。  着いたのが1時。…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記231 1980年の友達との初めてのフランス旅行7 パリからアルルまで国鉄で七時間・アルルでは別々に泊まる・…

 1980年の友達のN君との初めてのフランス旅行では、パリに十二泊した後、南フランスのアルルまで国鉄で七時間近くかけて行きました。窓口で切符を買う時、「アルル」という言葉が通じるか不安でしたが、ちゃんとわかってくれました。なにしろ、最初の「ル」は「R」、二つ目の「ル」は「L」ですから、続いて発音するのが難しいのです。  それはよかった…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記230 1980年の友達との初めてのフランス旅行6 パリ3日目で八ミリ故障・パリ最後の日は土産を探してカルテ…

 1980年のN君との初めてのフランス旅行の時は、最初は専ら八ミリで撮影していましたが、パリ3日目に早くも故障してしまいました。近くのカメラ屋に持って行ったのですが、すぐには直せず、修理に出せば、1ヶ月かかるというので断念せざるをえませんでした。それからはカメラで撮るしかありませんでしたが、八ミリが壊れたのは大きな痛手でした。八ミリが主…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記229 1980年の友達との初めてのフランス旅行5 レストランは「ル・ム二ュ」を見て決める・パリ11日目は郊…

 1980年の初めてのフランス旅行の時は、食費もなるべく抑えましたが、安いレストランを探すためには、店の前の看板に記されている「ル・ムニュ―」のところを見ればよいと、これも留学中のT君に教えてもらいました。「ムニュ」はメニュ―のことですが、店の看板に記されているのは、むしろ「定食」という意味と考えた方がいいと思います。「ル・ムニュ」には…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記228 1980年の友達との初めてのフランス旅行4 パリで泊ったホテルは一つ星・パリ10日目はアンバリッドか…

ホテルを決めずに、海外旅行へ行ったのは、1980年の初めてのフランス旅行の時だけですが、現地に行ってホテルが取れるのかという不安は常につきまといました。特に帰りのチューリッヒ発の飛行機の日時は決まっていたので、南フランスを経由してスイスに入り、チューリッヒまでうまくたどりつけるか、ひやひやしました。  留学中のT君から、ホテルを見て星…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記227 1980年の友達との初めてのフランス旅行3 パリに12泊・地下鉄の回数券をフルに活用し市内を精力的に…

 1980年夏の初めてのN君とのフランス旅行の際、まずパリに12泊しましたが、市内をめぐる時には、専らメトロを利用しました。地下鉄の窓口で「アン カルネ」というと、十回使える回数券を売ってくれます。普通の切符を買うより、随分格安です。   ある時、私が買って、N君や学生のTさんに手渡そうとしたら、もう一つ手が差し出されました。フランス…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記226 1980年の友達との初めてのフランス旅行2 飛行機で一緒になった学生とも4日間同室・帰国後、まだフラ…

1980年夏のN君との初めてのフランス旅行の際、飛行機で乗り合わせた九州大学医学部の学生のTさんが、一人では不安なのでしばらくわれわれと同じ部屋に泊めてもらってよいかと申し出て来たので、二人とも了承して最初の4日間、そうしました。もともと二人用の部屋でしたが、補助ベッドを使い、交替で補助ベッドに寝ました。  授業で生徒にこういう体験談…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記225 1980年の友達との初めてのフランス旅行1 留学している友達を頼って・まずカルティエ・ラタンへ

 NHKの番組「世界ふれあい街歩きSP」で、さまざまな国の街の音楽が特集されていましたが、パリのカルティエ・ラタンで歌う女性歌手とアコーディオン奏者も紹介されていて、パリの雰囲気をしばし味わいました。「ラタン」は「ラテン(語)の」、「カルティエ」は「地区」の意であり、ソルボンヌ大学の学生たちがラテン語で話し合っていたことに由来します。今…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「歴史秘話ヒストリア」 比叡山焼き討ちは一部だったという発掘調査結果・実際は坂本の町が焼き討ちされたという見解

 NHKの番組「歴史秘話ヒストリア」の中で、信長が行った比叡山焼き討ちについて、発掘調査によって、比叡山で焼けたのは根本中堂や大講堂などの限られたところであり、大部分の場所は火事の痕跡がなかったことが明らかになったと説明されていました。焼き討ちを行って根絶やしにしたのは、比叡山の拠点であるふもとの坂本だったという新説についても紹介されて…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

古代史 番組「諸説あり 邪馬台国スペシャル」 畿内説・九州説・移動説それぞれの根拠 37年前の中国研修旅行で泊まっ…

 TBSの番組「諸説あり 邪馬台国スペシャル」(昨年の再放送)で、畿内説の根拠、九州説の根拠がそれぞれ挙げられていましたが、興味深いのは中国の研究者の大半は、邪馬台国は当然のように九州にあったと考えていることでした。中に一人、陳教授は邪馬台国は九州から畿内に移動したという説を唱えていました。その根拠として、九州の北部と畿内に同じ地名があ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記224 37年前の中国研修旅行 その時に発行した文集「朱華」・「古都西安」と題する拙文

 亡父が太平洋戦争の時、兵隊として武漢に行ったので、かねがね一度訪れたいと思いながら、果たせないままです。新型コロナウイルスは、武漢で発生したと云われていますが、中国当局が最初のうちはそのことを隠蔽していたため、感染が広がってしまったという見方が専らです。これも一党独裁の弊害で、最近、ますますその傾向が強くなっています。 もっと…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記223 オンライン三成会の人々との徳島・淡路島旅行18 洲本城に柴右衛門狸を祀る祠 落語探訪 桂米朝さんの「…

洲本城の本丸跡に芝右衛門狸を祀る祠があります。芝右衛門狸はこの山に住んでいたとされる狸で、次のような伝説があります。この狸は人に化けて浪速の中座まで船で芝居見物に行き、木の葉で木戸銭を払っていましたが、芝居小屋の人の知るところとなり、番犬に襲われて殺されてしまいます。その後、中座の人の入りが悪くなったので、中座に芝右衛門狸を祀ると…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記222 オンライン三成会の人々との徳島・淡路島旅行17 興源寺の蜂須賀墓所・正勝は野盗だったというのは作り事

2月24日、徳島市内めぐりの最後に、興源寺の蜂須賀家墓所を訪ねました。徳島城跡の北側を東西に流れているのが助任川ですが、そこを越えて、さらに北に十分程歩いて行ったところにあります。   蜂須賀家の家祖の正勝と松夫妻の墓だけ離れたところにありますが、徳島藩の藩祖である家政や初代藩主の至鎮をはじめとして歴代藩主などの墓は、広い敷地の中に…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旅行記221 日本文学探訪128 オンライン三成会の人々との徳島・淡路島旅行16 阿波踊りのモニュメント・阿波踊り…

徳島と云えば阿波おどりが有名ですが、それにちなんだモニュメントが市内にいろいろあります。阿波おどり会館の前には、編み笠の形をしたへんろ小屋(お遍路さんの休憩所)、そこから東南に十分足らず歩くと、阿波おどりからくり時計があります。残念ながら、その時間ではなかったので、見られませんでしたが、文字通り人形が阿波おどりを踊るというからくりになっ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more