テーマ:旅行記

旅行記264 1983年の中国研修旅行17 天壇公園、王府井などを見て、午後の便で帰国・夜に解散・記念誌「朱華」の…

1983年8月10日(中国旅行14日目・最終日)は、午前中に天壇公園、王府井などを見て、昼食を取り、北京空港から午後の便で帰国の途に就きました。 天壇は、明・清の皇帝が天を祭り、五穀の豊穣を祈ったところです。旅行団の最後の全体写真をここで撮りました。  ところで、奈良の菅原遺跡で奈良時代の円形建物跡が発見され、高僧・行基の供…
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旅行記263 1983年の中国研修旅行16 万里の長城、十三陵、定陵などを廻り、夜は北京ダック

1983年8月9日(中国旅行13日目)は、万里の長城、十三陵、定陵、天安門広場などを廻り、夜は北京ダックを食べました。  万里の長城で見学できるところは一部です(われわれが行ったのは八達嶺)が、それでもその壮大さを改めて実感しました。遠くはるかなところまで、延々と長城が続いているのが、目でも確認でき、よくもこれほど大きなものを作ったも…
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旅行記262 1983年の中国研修旅行15 泰山から寝台車で北京へ・午後から頤和園、故宮(紫禁城)、日壇公園などを…

1983年8月8日(中国旅行12日目)、泰山から北京に列車で移動しましたが、泰山のホテルを出発したのは、夜中の1時半でしたから、ホテルで少し仮眠を取った程度でした。列車は寝台車でしたが、よく眠れたかどうかは覚えていません。この日もハードなスケジュールでした。正午に北京駅に着き、昼食を取った後、北京大学、頤和園(いわえん)、故宮(紫禁城…
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旅行記261 1983年の中国研修旅行14 泰山登山・行きは日本人が開発したロープウェイ・帰りは長い階段を下る 

コロナが収束しても、中国の今の体制が変わらない限り、中国へ行くつもりはありませんが、1983年当時は、日中友好ムードに包まれていました。 それが天安門事件で大きく変わり、言論の自由もなくなってきました。最近、とみにその傾向が強まり、香港の状況を見てもそれがよくわかります。   夏休みを利用しての2週間の研修旅行(費用は個人持ちでしたが…
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旅行記260 1983年の中国研修旅行13  孔子の故郷の曲阜・祀られている孔廟・一族の墓がある孔林・屋敷跡であっ…

  1983年の中国研修旅行10日目、孔子の故郷である曲阜へ行きました。 兗州駅からバスで30分程です。 孔子が祀られている孔廟、孔子や子孫の墓などがある孔林、子孫などがかつて住んでいた屋敷跡である孔府などがあり、全部合わせると広大な敷地です。 屋敷跡がホテルになっていて、そこに泊まりましたが、中庭を囲むように部屋が並んでおり、中庭には…
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中国ドラマ探訪4「君、花海棠の紅にあらず」豪商と京劇役者との友情 旅行記259 1983年の中国研修旅行12 洛陽…

 中国ドラマ「君、花海棠の紅にあらず」を見ましたが、豪商の程鳳台(チョン・フォンタイさん)が京劇役者の商細蕊(シャン・シールイさん)を支えてゆく物語で、さまざまな試練を受けながらも揺るがない二人の友情の物語に胸が打たれました。時は1930年代、舞台は北平(北京)。頑固で生一本の商細蕊の演技は超一流で、京劇に新しいものを取り入れますが、伝…
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旅行記258 1983年の中国研修旅行11 夜中に洛陽着・翌日に龍門石窟、白居易の墓、洛陽博物館、白馬寺、光武帝の…

中国旅行8日目、西安から洛陽まで列車で移動し、駅に着いたのは夜11時半近く、ホテルに入ったのは12時前でした。列車で8時間程かかり、夕食は食堂車の中で取りました。夜中に着いたのもハードでしたが、次の日は一日かけて洛陽を見学し、夜は演劇を見て、その後再び列車に乗り、その夜は車中泊でしたから、ハードなスケジュールはなおも続きました。   …
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旅行記257 1983年の中国研修旅行10 西安での半日の自由行動・新華書店で「詳解日漢辞典」・中国語版「舞姫」を…

 中国旅行8日目は、午前中に西安から列車に乗り、洛陽に向かう予定でしたが、列車の都合がつかず、午後の便に変更されたため、午前中は自由行動になりました。私は何人かと共に、30分程歩いて新華書店まで行きました。ぶらぶらと古都を散歩するのも悪くありませんでした。  書店で、「詳解日漢辞典」と、中国語で書かれた森鴎外の小説「舞姫」を買いました…
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旅行記256 1983年の中国研修旅行9 新石器時代の半坡遺跡・日本語専攻学生に話しかけられる・イスラム教モスクの…

 中国旅行7日目、秦始皇帝兵馬俑坑博物館を見学した後、昼食を取り、半坡遺跡(博物館)を訪ねました。位置としては、兵馬俑坑博物館から、西安に戻る途中にあります。半坡遺跡は、新石器時代の母系社会の集落跡であり、発掘跡をそのまま博物館にしており、ここも広大でした。特筆すべきは、この出口近くのところで、大学で日本語を専攻している中国人に話しかけ…
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旅行記255 1983年の中国研修旅行8 圧倒的な迫力の秦始皇帝兵馬俑坑博物館・人民帽をかぶって西安を回る・6年後…

 1983年の2週間の中国旅行で改めて、4000年と言われる中国の歴史の重みと、領土や建造物の規模の壮大さを実感しました。旅行7日目に見学した秦始皇帝兵馬俑坑博物館もスケールの大きさを感じさせた施設の一つです。巨大ドームをこしらえて、何千体の兵馬俑が埋まっていたところをそのまま残しているのですが、その圧倒的な迫力に驚嘆しました。博物館の…
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旅行記254 1983年の中国研修旅行7 西安の陜西省博物館(碑林)、楊貴妃が入浴した「華清池」 古典文学探訪15…

 中国研修旅行で、西安には丸2日いましたが、最初の日(旅行6日目)の午後に訪れた陜西省博物館は、碑林と言うだけあって、漢時代から清時代までの石碑が2300基余り収蔵されており、その多さに圧倒されました。刻まれている文字をじっくり見ている時間はなく、ちらちら見る程度でしたが、見て回るだけでも疲れました。   次の日(旅行7日目)は1日か…
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旅行記253 1983年の中国研修旅行6 中国民航機で西安へ 午後に大雁塔・阿倍仲麻呂記念碑・陜西省博物館などを見…

  中国研修旅行6日目は早起きして、上海空港から中国民航で西安に行きましたが、6時半過ぎの出発予定が、何かトラブルが発生したのか、なかなか飛行機が飛ばず、ロビーで待ち、ようやく9時10分に離陸しました。中国の飛行機に乗るのは初めてでしたが(行きと帰りは日本航空)、機内で天井付近から水漏れし、バケツで受ける場面に遭遇しました。西安空港ま…
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旅行記252 1983年の中国研修旅行5 蘇州の寒山寺・宝帯橋・獅子林・拙政園 古典文学探訪159 張継の漢詩「楓…

 中国旅行5日目は蘇州の虎丘を見学したあと、寒山寺を訪ねました。寒山寺は張継の漢詩「楓橋夜泊」に詠まれているので、有名ですし、漢文の教科書にはよく載っており、授業で何回も扱いました。次のような漢詩です(書き下し文)。    月落ち烏啼いて霜天に満つ  江楓(こうふう)漁火(ぎょか)愁民に対す   姑蘇(こそ)城外の寒山寺  夜…
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旅行記251 1983年の中国研修旅行4 蘇州の北寺塔・虎丘 古典文学探訪158「臥薪嘗胆」の故事

 中国研修旅行は一行40名で男女半数ずつでした。ホテルは二人一室で、旅行中同室だったのは、大阪府立住吉高校の年上の同僚である石田勝彦先生でした。日頃から先生には親しくさせてもらい、いろいろと教示していただきましたし、天王寺のおいしい寿司屋に連れて行ってもらったこともありました。先生はテスト問題を作る時にも、いつも手間がかかる鉄筆でガリ版…
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旅行記250 1983年の中国研修旅行3 杭州の「西湖」を遊覧・白居易と蘇東坡の作った堤防 古典文学探訪157 蘇…

 中国旅行3日目、西湖を船で遊覧し、六和塔(丘の上に建つ六和寺の塔。もっとも、寺自体は残っていませんでした)、岳王廟(南宋の武将の岳飛を祀った廟)、雲隠寺(建物も仏像の清の時代のもの)、浙江省博物館などを見学しました。ホテルは西湖のそばの「杭州飯店」(飯店はホテルの意)に2泊し、夜に西湖の湖畔で涼みましたが、地面もまだ熱く、気温があまり…
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旅行記249 1983年の中国研修旅行2 まず上海へ・昭和30年代前半の大阪に似た雰囲気・魯迅の墓・シルク工場

1983年(昭和58年)の中国研修旅行は、まず上海から入りました(大阪空港から日本航空便)が、私が子供の頃の昭和30年代前半の大阪に似た雰囲気がありました。人で溢れ、雑然として、エネルギッシュで陽気な町といった印象でした。暑いので、夜になると外に縁台を出してみんなが涼んでいるのも、懐かしい気がしました。自転車の荷台に扇風機を乗せて持ち帰…
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中国ドラマ探訪2 「白華の姫」 意外なストーリー展開 旅行記248 1983年の中国研修旅行1 日中友好ムードに包…

 中国ドラマで、ストーリーが面白くて、意外な展開になり(途中で伏線がいろいろ張られているので、後から思えば全体の構図はそうだったのかと納得できるのですが)、目が離せなかったのが、「白華の姫」でした。時代劇ですが、国名も登場人物も内容もすべてフィクションです。  西啓の皇帝の妹の容楽(彼女が昔の記憶を失っているというのも伏線の一つです。…
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中国ドラマ探訪1「瓔珞(エイラク)」「コウラン伝 始皇帝の母」 主演が共にウー・ジンイェンさん・その才知で数々の危…

 今は中国ドラマを韓国ドラマと並んでよく見ていますが、最初に見た中で特に気に入ったのは「瓔珞(エイラク)」でした。清の乾隆帝の妃となった実在の女性がヒロインですが、ドラマの内容は多分にフィクションではないかと思っています。それほど、ストーリーがスリリングな展開で、起伏に富み、瓔珞は妃たちとの争いに巻き込まれ、毎回のようにピンチの連続で、…
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映画探訪45 「アルプスの若大将」4 二人でマッターホルンのふもとですべるラストシーン・次作の予告編付き・9年前の…

 「アルプスの若大将」は、ラストで日に輝くマッターホルンが映り、マッターホルンのふもとでスキーを楽しむ若大将と澄子の姿が映し出されます。ハッピーエンドなのは、若大将シリーズでのお決まりですが、面白いのは、その後に、次作の「レッツゴー若大将」の予告編が少し流れることです。香港が舞台となり、若大将が今度はサッカー部員として活躍し、「お嫁にお…
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映画探訪44 「アルプス若大将」3 トニー・ザイラーさんがちょっとだけ登場・大相撲で表彰状を読み上げたことで有名な…

「アルプスの若大将」では、若大将はジュネーブからウィーンに行きますが、一瞬だけ、往年の名スキープレイヤーで後に俳優となったトニー・ザイラーさんが登場しています。ウィーンで若大将と少し会話を交わすだけの場面であり、最初見た時には誰かわかりませんでした。日本にもたびたび来ていますが、晩年の2006年にも来日し、八方尾根スキー場の大会にもゲス…
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映画探訪43 「アルプスの若大将」2 シヨン城やモントルーも一瞬映る・ここも9年前のスイスへの家族旅行で立ち寄った…

 映画「アルプスの若大将」の中で、スイスのレマン湖畔にあるシヨン城が少しだけ、映っています。澄子(星由里子さん)が車に若大将(加山雄三さん)を乗せてジュネーブまで送る途中のことです。9年前のスイスへの家族旅行の際、シヨン城にも立ち寄りましたから、懐かしさを覚えました。美しい城として有名ですし、少なくとも12世紀からの古い歴史がありま…
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加山雄三さんの新曲「紅いバラの花」 映画探訪42 「アルプスの若大将」1 二人の出会いは冬のスイスのツェルマット・…

 加山雄三さん(84歳)が間脳出血の病気から復帰し、番組「ミュージックフェア」で、新曲「紅いバラの花」を歌っていました。若大将の健在ぶりを目にすることができ、安堵もしました。もっとも、リハビリが大変だったということも語っていましたが。この曲は自分の倉庫から発見した未発表音源で、「恋は紅いバラ」と同じように大学生の頃に作ったものだというこ…
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旅行記247 石田三成の実像3018 彦根でのイベント「三成の戦 九」「三成の戦 拾」2 三成書状の所蔵者の方と出…

南彦根のホテルは朝食付きでしたが、バイキング(ビュッフェ) 形式で、手を消毒した上、料理を取る時はマスクを着用してビニールの手袋をしなければならず、食べる時だけマスクを外せました。席も離してありましたし、感染防止対策はよくされていると思いました。  チェックアウト後、平和堂で買物をしてから、荷物を南彦根駅のロッカーに預け、またひ…
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旅行記246 石田三成の実像3016 彦根でのイベント「三成の戦 九」「三成の戦 拾」1 1年ぶりの宿泊・初日は演…

  南彦根のホテルに一泊し、3月13日、14日にひこね市文化プラザで行われた、「三成の戦 九」「三成の戦 拾」を見に行ってきました。一年ぶりの宿泊です。  昼前に南彦根駅に着き、まず駅近くのホテルに荷物を預けました。昼食はコンビニで幕の内弁当を買って、駅のベンチで食べました。今回はコロナのこともあって、飲食店で食事をすることは一回もあ…
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旅行記245 35年前の12日間の新婚旅行8 アテネでかろうじてパルテノン神殿などを見学・夕方の便で帰国・成田経由…

1986年1月2日、ロードス島の空港に再び行きましたが、前日の便で出発する予定だったので、キャンセル待ちの状態になり、ようやく11時発のオリンピック航空の飛行機に乗ることができ、正午にアテネに着きました。4時40分発の便でアテネからKLMの飛行機で帰国の途に就かねばならなかったので、昼食を取る時間もなく、アクロポリスの丘にあるパルテノン…
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旅行記244 35年前の12日間の新婚旅行7 1月1日はロードス島の市内観光・購入した絵皿・夜にアテネへ飛行機で行…

 1月1日は朝10時の集合でした。みんな夜中遅くまで起きていたので、遅めの出発になりました。ロードス島の旧市街の城跡や町並みを散策しましたが、午後は自由行動だったので、ホテル近くの港や風車、わずかに開いている店(ほとんどの店は閉まり閑散としており、正月気分はほとんど味わえませんでした)を見て回ったり、セルフサービスの店で紅茶とケーキを口…
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旅行記243 35年前の12日間の新婚旅行6 大晦日の朝、ロードス島に着き、昼まで寝る・午後はリンドス遺跡見学・レ…

 35年前の大晦日、アテネ空港のロビーで夜中4時間近く過ごしましたが、ほとんど眠れず、ロードス島に向かう早朝の5時40分発の飛行機の中で、ようやく1時間近く寝ました。ホテルに着くと、早速、朝食を取りましたが、ツアー客みんなしんどそうでした。その後、2時間半程、部屋で寝ましたが、完全な寝不足状態でした。  疲れている中、1時に集合し、ホ…
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旅行記242 35年前の12日間の新婚旅行5 ストで飛行機が飛ばずローマ市内に戻って自由行動・スペイン広場などを回…

 新婚旅行の際、12月30日はホテルに泊まれず、アテネ空港で夜中を過ごすはめになりまた。本来は、ローマから飛行機でアテネ経由でロードス島に向かう予定でしたが、アテネ空港の従業員ストのあおりを受けて、予定の飛行機が飛ばなくなりました。一旦、ローマ空港にバスで向かいましたが、すぐに飛ぶ別の飛行機は見つからず、夜10時半に離陸するカンタス航空…
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旅行記241 35年前の12日間の新婚旅行4 パリのデバートで買物・ローマ空港に着いた前日にテロ事件・コロッセオで…

 新婚旅行は、パリに2泊した後、12月28日、夕方の飛行機でローマに行きました。ドゴール空港から2時間のフライトでした。ちなみに、スペインからフランスに入国する時は、オルリー空港からでしたが、その5年前に友達とフランスに入国したのもオルリー空港でした。   その日の午前中はパリで自由行動だったので、地下鉄でデパート「プランタン」へ行っ…
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旅行記240 35年前の12日間の新婚旅行3 パリ二日目の市内観光、午後は自由行動・夜は「ムーラン・ルージュ」でナ…

 85年の新婚旅行の際、パリ二日目の午前中は、市内観光ツアーで、エッフェル塔がよく見える場所、モンマルトルの丘、サクレクール寺院などを回りましたが、いずれも5年前に友達と巡ったところだけに、懐かしさに駆られました。  昼からは自由行動だったので、二人で地下鉄に乗りコンコルド広場に出て、オランジュリー美術館を見学しました。オランジュリー…
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