テーマ:短歌

永田和宏さんが亡き愛妻の河野裕子さんのことを詠んだ短歌・河野さんの辞世の歌をめぐっての解釈の違い

 朝日新聞の「喪の旅」欄に、歌人で細胞生物学者の永田和宏さんのことが取り上げられていました。妻でやはり歌人だった河野裕子さんが亡くなって10年余り経ちますが、最愛の妻を失った寂しい思いをずっと短歌に詠んできたことなどが記され、その歌も一部紹介されていました。    あほやなあと笑ひのけぞりまた笑ふあなたの椅子にあなたがゐない …
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「巻雲短歌会」の歌誌発行のための編集作業・今回は印刷所訪問は一回だけで済ます・天理駅前で今後の打ち合わせ

 9日の午後、「巻雲短歌会」の歌誌発行のため、共同代表の三嶋健男氏と共に印刷所に最終校正原稿とそのデータが入ったUSBを持って行きました。コロナ禍以来、三嶋氏とは会っていなかったので、ほぼ1年ぶりの再会となります。会員の短歌作品の添削は、2人で分担しておこない、それらの作品と文章の入力も2人がしました。三嶋氏から入力したものをメールに添…
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漢字の旧字体を使っていた韓国・今でも使っている台湾・台湾で高い短歌人気

2002年に韓国に行った折に、国立晋州博物館を見学しましたが、日本語版の図録があったので、買い求めました。文禄・慶長の役(韓国では壬辰倭乱・丁酉再乱)に関する資料がいろいろ掲載され、その解説がされていますが、驚いたのは、漢字が旧字体となっていることでした。たとえば、「対馬」は「對馬」、「応射」は「應射」、「変化」は「變化」というように…
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「巻雲短歌会」創設50年1 植村武先生が天中文芸部出身者を中心に結成・10年後の先生の追悼号  自作短歌の周辺37

 所属する「巻雲短歌会」が創設されたのは、昭和43年のことですから、昨年で丸50年になりました。主宰者は植村武先生でしたが、先生が顧問をされていた大阪市立天王寺中学校の文芸部の卒業生が集まって、退職された先生を中心に短歌会を発足させてはどうかということになり、歌人として名をなしておられた先生も後進の指導に尽力する決意をされました。私が高…
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連作短歌 「小西行長と文禄・慶長の役」

 昨年、堺の菅原神社を訪ねた際、小西行長が朝鮮半島から持ち帰った傘松が奉納されているのをはじめて知りました。400年も経た松だけに特別な思いがしました。前の職場に通っている時は、毎日の行き帰りに大仙公園の中にある「小西行長公ゆかりの松」に目をやっていたものですが、それは当時のものではなく、今から20年程前に行長の領地があった宇土市から堺…
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連作短歌 「功名が辻」

 昨年の大河ドラマを題材に作った短歌を紹介します。中村橋之助が石田三成を好演していたのですが、司馬遼太郎が原作ですから、淀殿イコール三成派、北政所イコール加藤清正たち武断派イコール家康という図式で描かれていました。ドラマでは淀殿が三成を好いており、逆に北政所が三成を嫌っているという描き方がなされていたのですが、こういう従来の捉え方は…
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連作短歌 クラス演劇「ベルサイユのばら」

 担任していた58期生のクラス全員の進路が決まりました。浪人した子も、充分力を発揮し意義のあった1年間だったと思います。クラスとしてのまとまりが、進学実績にもつながったと総括しています。思い出を兼ねて3年の時の文化祭での演劇をテーマにした連作短歌を作りましたので紹介します。  細部にまで工夫を凝らし演じたりクラス挙げての「ベルサイ…
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