テーマ:自作短歌の周辺

再び宇山昌延教授の診察を受ける 自作短歌の周辺41 眼底出血を患った時の拙歌2

関西医大滝井病院の最寄り駅である京阪電車の滝井駅はゆうに今まで百回ぐらいは乗り降りしています。白内障手術を受けて、七年後、今度は右目の網膜の血管が詰まって眼底出血しました。原因はよくわかりませんが、ストレス性のものかもしれないと云われました。白内障の原因もよくわからないのですが、アレルギー体質が影響しているかもしれません。子供の頃から視…
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関西医大滝井病院本館の眼科病棟跡 自作短歌の周辺40 眼底出血を患った時の拙歌 「眼科病棟」という未完成の小説

 白内障の手術をした眼科病棟は、関西医大滝井病院の本館の北側の道路沿いにありました(写真)が、患者の大半は白内障、緑内障、網膜剥離などの手術を受ける者ばかりでした。手術後は、目を保護するために、仮面ライダーのような金の当て鉄(正式には穴あきカッペというようですが)をつけていましたから、病棟は独特の雰囲気がありました。  緑内障の手術を…
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関西医大滝井病院本館跡の公園 自作短歌の周辺39 白内障を患い手術した時の拙歌

 関西医大滝井病院の旧本館跡にできた公園に、診察終了後、少し立ち寄りました。公園ができたのは二年前ですが、中に入ったのは今回が初めてです。眼底を診てもらうために、散瞳剤を目に差し、瞳孔が開いたままですから、外の光がまぶしくて、サングラスをかけているものの、ぼうっとしか見えませんでしたが、それでも大体の様子はわかりました。ベンチで休んでい…
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年に一度の関西医大滝井病院通院 自作短歌の周辺38 眼底出血した時の拙歌

4月4日、大阪の滝井にある関西医大病院まで眼科の診察を受けに行ってきました。一年前に予約していたもので、ずっと一年に一度診てもらっています。眼底に変化がないかどうか、経過観察する必要があり、一生、受診しなければならないようです。  右目が眼底出血したのが、三十年以上前ですが、出血は治まったものの、眼底に腫れが残ったため、ものがゆがん…
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自作短歌の周辺37 「歪められた歴史」と題する拙歌・権力者によって文書が改竄されたり廃棄されたりするのは今も変わらず

 森友問題で自殺した近畿財務局の職員の遺書が公開され、文書の改竄を指示したのは佐川元理財局長だったという内容が明らかになりました。隠された真実がようやく表にでてきたという思いがすると共に、自殺した人の苦悩と怒りが生々しく記されおり、心が痛みました。しかし、政府も与党も財務省も、再調査する気は全くなく、逃げの姿勢に終始しています。安倍政権…
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謹賀新年 「ねずみどし」の折句歌 石田三成の実像2789 三成の人望のなさが関ヶ原の戦いの敗因になったとする通説

新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。  ね(根)を張りて  ずしりと重き  みき(幹)のごと  どんと構へて  しん(芯)強く生く  「ねずみどし」を織り込んだ折句歌です。  令和二年の最初の仕事は、巻雲短歌会の会誌の発行です。1月25日の発行を予定しており、目下初校の校正中ですが、…
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映画探訪 ソ連版「戦争と平和」 国家の威信をかけて作られた圧倒的なスケールの作品・リュドミラ・サベーリエワに魅せら…

ソ連がかつて制作した映画「戦争と平和」のDVDを見直しました。十数年前に購入したものですが、全7時間に及びます。学生時代に見たのは、4時間近い総集編でした。 ナポレオンのロシア侵攻を時代背景にして、ピエールと、その親友のアンドレイ、そしてナターシャをめぐる壮大なドラマです。アンドレイとナターシャが舞踏会で踊る場面、ナポレオンとロ…
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「巻雲短歌会」創設50年2 植村紀子先生追悼号・追悼歌・先生の遺志を継いで今後も会を運営

 「巻雲短歌会」二代目主宰者の植村紀子先生の追悼号を出したのは、今年の1月です。奈良支部長だった三嶋健男氏と私の二人で編集し発行しました。数ヶ月かけて、三嶋氏と分担して短歌作品、追悼文、追悼歌の入力、編集、校正などを時間をかけて行いましたが、それが雑誌となって出来上がって来た時には、感慨と安堵感を覚えました。遺族の方によって、紀子先生の…
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「巻雲短歌会」創設50年1 植村武先生が天中文芸部出身者を中心に結成・10年後の先生の追悼号  自作短歌の周辺37

 所属する「巻雲短歌会」が創設されたのは、昭和43年のことですから、昨年で丸50年になりました。主宰者は植村武先生でしたが、先生が顧問をされていた大阪市立天王寺中学校の文芸部の卒業生が集まって、退職された先生を中心に短歌会を発足させてはどうかということになり、歌人として名をなしておられた先生も後進の指導に尽力する決意をされました。私が高…
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自作短歌の周辺36 石田三成の実像1595 三成CMをテーマに・「ちちんぷいぷい」で特集1

 誤解されし三成の姿正さむと滋賀県果敢にCM作る 昨日、奈良県生駒市で行われた歌会に詠草として出した短歌です。むろん、滋賀県が三成をテーマにしたCMを作ったことを詠んだものです。歌会の詠草に作者名は出しませんから、本来、誰が作ったかわからないようにしていますが、これは「三成」の名前を出していますから、私が詠んだということは短歌…
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自作短歌の周辺35 東京一極集中と「地方創生」のむなしさを詠んだ歌

 加速する東京一極集中にむなしく響く「地方創生」  この歌は10日に奈良県生駒市で行われた巻雲短歌会奈良支部歌会に出した詠草です。東京一極集中の弊害が叫ばれていますが、それに反するように東京への集中がますます進んでいます。昨年は日本の人口が減少したにもかかわらず、東京圏の人口は逆に増え、一極集中が加速しています。少なくとも、東京オ…
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自作短歌の周辺34 負の遺産を子孫に残すことを憂えた歌 国の借金・放射性物質

 負の遺産子孫に残さぬすべなきか国の借金・放射性物質  この歌は、10日に奈良県生駒市で開かれた巻雲短歌会の奈良支部歌会に出した作品です。負の遺産を子孫、すなわち未来世代に残してしまうことを憂えた作品です。  日本の懸念材料はいろいろありますが、この歌の場合は、国の膨大な借金と、放射性物質に絞りました。もう一首、東京一極集中を題…
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謹賀新年 自作短歌の周辺33 「さるのとし」の折句歌・安保法反対運動を詠んだ歌  

 新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。  さりげなく  るーる(ルール)を替へて  のぞ(望)むまま  とっしん(突進)してゆく  しせい(姿勢)問はむや  例によって、今年の干支である「さるのとし」を短歌の各句の上に据えた「折句歌」を詠みました。この歌は年賀状に添えました。  これは…
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自作短歌の周辺32  マッチ箱日記の主を50年ぶりに「よーいどん」で探し出したことを詠んだ歌

 店のマッチ三百個の裏にメモ綴りし人見つけ出づ五十年を経て    この歌は関西テレビの番組「よーいドン」の「となりの人間国宝さん」のコーナーで、取り上げられたことを題材にして詠んだものです。  ことの発端は「よーいドン」のロケ中に、円広志さんがぶらりと訪ねた大阪のカマタ商店にあった、50年以上前の大量のマッチ箱の内箱に克明なメモが…
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自作短歌の周辺31 歌会に出した安保法案反対の歌・「そこまで言って委員会」に出演の安倍首相 

 憲法の解釈により戦争を可能にせむとは無謀の極み  批判的言論を与党封じたきか時代は逆行してゆくばかり  一昨日大和郡山の三の丸会館で行われた巻雲短歌会の奈良支部歌会に出した詠草です。詠草の題材はなんでもいいのですが、今回は政治的な題材を敢えて選びました。昨年、特定秘密法案が成立した時にも、それを題材にした詠草を歌会に出し、その…
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追悼・終戦から70 年 映画探訪30 「日本のいちばん長い日」 高1の時に初めて知った直前の反乱

 終戦から70年。私は戦後生まれですから、太平洋戦争のことは直接知りませんが、子供の頃から両親に戦争の話をたびたび聞かされましたし、家の近くの四天王寺には傷痍軍人さんの姿をよく見かけましたし、太平洋戦争関連番組も当時の映像を交えてよく放送されていました。父親は兵として中国戦線に送られましたし、母親は岐阜で空襲に遭い、長良川に飛び込んだ…
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京都探訪232 京大そばの喫茶店「進々堂」  自作短歌の周辺30 友の下宿を訪ね合った日々を題材に

 写真は京大のそばにある有名な喫茶店「進々堂」を5月28日に撮ったものです。「おかげさまで85周年」の幕がかかっています。昔懐かしい喫茶店が残っていると、嬉しくなります。学生時代、何度となく「進々堂」の前を通っていましたが、その時は実際中に入ったことはなかったように記憶しています。  しがない学生でしたから、喫茶店のコーヒー代は負担で…
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京都探訪231 京大北部グラウンド 自作短歌の周辺29 今はない?北部構内からの抜け道・友の下宿

 写真は京大の北部グラウンドを5月28日に撮ったものです。大学時代からの友人N君と共に、吉田山の「茂庵」で昼食を取った後に訪れました。在学当時は砂のグラウンドであり、教養部の体育の授業の際、使用したことがあります。今は芝生のグラウンドであり、周りがトラックになっています。いろいろな部が活動していました。  写真はグラウンドに作られたス…
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自作短歌の周辺28 生まれ育った長屋を題材にした短歌・外の共同水道・路地のにおいと近所付き合い

 写真は私が生まれ育った長屋付近を5月5日に撮ったものです(幸村慰霊祭の後、一心寺、四天王寺などを回った時です)。写真に向かって右側にその長屋がありました。  明治より残る長屋に育ちつつ路地のにほひに親しみ覚ゆ  冬の朝ことに辛かりき屋外の共同水道に顔洗ひつつ  上の短歌二首は、その長屋で暮らしていた子供の頃のことを詠んだ…
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自作短歌の周辺27 夜を徹して謄写版印刷していた下宿・昨日京大付近を久しぶりに散策

  写真は大学生の時に下宿していた付近を昨日撮ったものです。写真に向かって左側の奥の茶色っぽい家に下宿していました。当時はこのあたり全体が京町家の長屋みたいな感じでしたが、今ではすっかり様変わりして、現代的な家々が建っていました。  昨日は家人と平八茶屋でとろろ麦飯膳の昼食を取り、松ヶ崎大黒天にお参りした後、地下鉄今出川駅から一人で東…
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自作短歌の周辺26  「三人組」と呼ばれた時から50年余り・共に歩んできた友との20年ぶりの語らい

 今週の月曜日に、小学校時代からの友人F君に20年ぶりに会いました。大阪の天満で一緒に昼食を取り、その後、喫茶店でコーヒーを飲みながら、計3時間余り、時間を忘れて近況や今の思いなどを語り合いました。自分が短歌を詠むようになったのは、中学時代、彼に誘われて文芸部に入部したことがそもそものきっかけでしたし、 若い時からいろんな意味で彼の影響…
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自作短歌の周辺25 大河ドラマ探訪318 「八重の桜」を題材にして詠んだ短歌

 一昨年の大河ドラマ「八重の桜」を題材にした短歌を遅まきながら紹介します。詠んだのは昨年の最初のころですが、先生のご病気入院ということがあったため、それらの短歌が掲載された歌誌が、発行されたのは昨年の11月です。私もその歌誌の編集作業に何日にもわたって関わりました。    守護職に会津藩主の選ばれて動乱の渦に巻き込まれゆく  天皇…
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阪神・淡路大震災から20年 自作短歌の周辺24 震災のことを詠んだ歌 20年前の今日の日記の記述

 阪神淡路大震災から今日で20年です。はやそんなに月日が経ったのかという思いですが、被災地の人々にとっては、逆に長く感じられた日々だったのではないでしょうか。家族や大切な人を亡くした人、家が倒壊した人、家を焼失した人、その喪失感が完全に消えることはないでしょう。それは東日本大震災でも他の災害でも変わりありません。  人としての優し…
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総選挙の期日前投票 自作短歌の周辺23 大河ドラマを題材にした歌・「フィクション」のテロップ必要

 写真は宇治橋を12月12日の夕方に撮ったものです。写真の左側に見えている橋の張り出したところが、「三の間」であり橋の守り神である橋姫を祀っている場所です。豊臣秀吉が、この「三の間」から茶の湯を汲ませたという逸話があり、10月に行われる「宇治茶まつり」の「名水汲み上げの儀」はここで行われます。  「佐和山城フォーラム2014」が14日…
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自作短歌の周辺22 たかじんさん追悼歌(再掲載)・百田尚樹氏の「殉愛」出版を取り上げた番組に感涙

 毒舌を吐くも本音の発言に胸すく思ひする人多し  この短歌も日本歌人クラブ編「2014年版 現代万葉集」(NHK出版)に掲載した、やしきたかじんさんを追悼する3首のうちの1首です。これも以前に拙ブログ記事で紹介した短歌ですが、今でも懐かしいたかじんさんの映像を見るたび、「胸すく思ひ」を味わっていますし、改めて彼のような本音を語るこ…
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自作短歌の周辺20 音楽探訪24 コブクロさんの歌う「大阪恋物語」・関西最強アルバムに「なめとんか」

 日本歌人クラブ編「2014年版 現代万葉集」(NHK出版)に、やしきたかじんさんを追悼する歌を3首掲載しました。いずれも拙ブログ記事で紹介したものですが、そのうちの1首を改めて記します。  大阪をこよなく愛する人逝きて悲しむ町に雨降り止まず  たかじんさんという注は歌には入れていませんが、誰のことかはわかるはずですし、かえ…
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追悼・逢坂じゅんさん・ドラマ探訪18「ごちそうさん」10 自作短歌の周辺20 だしの味と焼氷を題材 

 「ごちそうさん」でうどんの店の主人を演じていた、「レッツゴー三匹」の逢坂じゅんさんが亡くなられました。まだ68歳という若さでした。謹んでご冥福をお祈りいたします。  「ごちそうさん」でじゅん逢坂さんが出演していたのが嬉しかったことは、拙ブログで述べたことがあります。その演技を見たのが最後になり、残念に思えてなりません。「半沢直樹」に…
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ドラマ探訪15 自作短歌の周辺19 大阪探訪32 「ごちそうさん」7 公開セット2 活男の戦死

 写真はNHK大阪放送局の「ごちそうさん」の公開セットを3月22日に撮ったものです。西門家の台所あたりの様子を撮りました。  奥に玄関が続いており、公開セットのチラシには、「玄関から台所まで土間が続く『通り土間』が特徴で、台所や道具などで、時代の変遷を表現しています」と記されています。  また台所についての説明パネルには「め以子が嫁…
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自作短歌の周辺18 やしきたかじんさん追悼の歌・「たかじんさんを偲ぶ会」・番組に受け継がれている精神

 毒舌を吐くも本音の発言に胸すく思ひする人多し  やしきたかじんさんを追悼して詠んだ短歌です。  3日に「やしきたかじんさんを偲ぶ会」が開かれました。その時の映像が一部、よみうりテレビの番組「関西情報ネット」で放送されていました。秋元康さんの別れの言葉で印象に残ったのは、「たかじんさんが歌うときに両足で踏ん張るようにしている、あ…
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自作短歌の周辺17 映画探訪26 「戦争と平和」のナターシャ、ソチ五輪に登場・ソ連版映画

 永遠の女性となりて胸に生く「戦争と平和」のヒロイン、ナターシャ  学生時代に作った短歌です。この歌を思い出したのは、ソチ冬季オリンピックの開会式で、ロシアの歴史が紹介され、その中で、トルストイの名作「戦争と平和」の一場面である舞踏会の場面が再現されていたからです。むろん、ナターシャ役のバレリーナも登場し、華麗な踊りを披露していま…
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