テーマ:京都探訪

京都探訪332 西本願寺で1年半ぶりに友人と会う・本願寺内部の対立は、信長の本願寺攻めの時から始まっていた

大学時代からの友人N君(40年前に一緒にフランス旅行をした友)と、1年半ぶりに会いました。彼は福山で寺の住職をしており、西本願寺ブックセンターで経典をまとめて購入するために京都まで出て来たので、西本願寺(写真)で待ち合わせをしました。一緒に昼食を取ったあと、東本願寺に立ち寄ってさらに渉成園を見学し、喫茶店でゆっくり話しました。京都…
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京都探訪331 2年ぶりの醍醐寺の桜・「豊太閤花見行列」は今年も中止・三成の兄の正澄に扮した人が行列に参加・秀吉の…

  3月31日、醍醐にある皮膚科に通院する前、醍醐寺に少し立ち寄りましたが、はや花が散りかけている桜の木もあり、全体的に満開の時期はやや過ぎているという印象を持ちました。人出はありましたが、それほど混んではいませんでした。二年ぶりに見た醍醐寺の桜です。家から歩いて30分程の距離にあります。  「豊太閤花見行列」は、昨年に続いて、今年も…
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西笑承兌が大光明寺を再興する際の「伏見大光明寺勧進帳」・承兌が明の国書を読み上げた時に秀吉が激怒したというのは創作…

 相国寺承天閣美術館で開催中の展覧会に、「伏見大光明寺勧進帳」が展示されています。僧・西笑承兌(せいしょうじょうたい)が大光明寺を再興するため、諸堂を建築する工費を寄進した武将たちの花押を集めたもので、徳川家康、毛利輝元、上杉景勝など122名の武将の名がずらりと並んでいます。秀吉は方丈を寄進しています。秀吉は大光明寺があった地付近に指月…
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信長の妻は「帰蝶」ではなく「胡蝶」だったとする松浦由起氏の新説・桐野作人氏の否定的見解・総見院にある墓は帰蝶とは断…

 大河ドラマ「麒麟がくる」では、斎藤道三の娘で信長の妻となった女性の名は「帰蝶」になっていましたが、「胡蝶」ではないかとする松浦由起氏の新説が新聞で紹介されていました。その説によれば、「帰蝶」と記されているのは、江戸時代の地誌である「美濃国諸旧記」だけで、その原本はみつかっておらず、現存するのは1915年に出版された活字の翻刻本のみで、…
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京都探訪330 隠退していた若冲が、錦市場の再開に尽力 錦市場の若冲の絵のシャッターラッピング

  若冲が錦市場の青物問屋の家督を弟に譲って画業に専念するようになったのは40歳の時ですが、石峰寺の五百羅漢像の制作を始めたのは61歳の頃だと言われています。石峰寺に隠棲したのは76歳の時、亡くなったのは85歳でした。  石峰寺の境内には五百羅漢だけでなく、釈迦の誕生仏、托鉢修業、説教場、賽の河原を表した石像など広範囲にわたって置かれ…
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京都探訪329 龍谷大前深草駅から石峰寺へ・若冲の墓・制作した五百羅漢 ドラマ探訪47「ライジング若冲」大典顕常と…

 2月1日に公開した記事ですが、先に公開すべき記事を改めて2月1日付記事で公開したため、3日付記事に持ってきました。改めて2月1日付け記事の方にも目を通していただければと思います。ややこしくてすみません。  済生会病院に行った帰り、京阪電車の龍谷大前深草駅で降りて、約30年ぶりに石峰寺を訪ねました。京阪電車の龍谷大前深草駅は琵琶湖疏水…
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京都探訪328 出町妙音堂(弁財天)へもお参り・後伏見天皇の女御となった西園寺寧子の念持仏が本尊・大光明寺を創建・…

 幸神社にお参りした後、出町橋のそばにある出町妙音堂(弁財天)へもお参りしました。このお堂の本尊は、青龍妙音弁財天画像ですが、鎌倉時代、西園寺寧子が後伏見天皇の女御として入宮する時、念持仏として持参し、伏見離宮(伏見殿) に祀られました。江戸時代の享保年間に、伏見殿が出町北鴨口に移転した際、本尊も移りました。明治時代になって、本尊は…
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京都探訪327 幸神社へ初詣・主祭神は猿田彦大神・良縁に恵まれるという神石

 今年の初詣は9日に京都の幸神社(さいのかみのやしろ)に行きました。以前から気になっていた神社ですが、お参りするのは初めてでした。京阪の出町柳駅から西に歩き、突き当たりの出町商店街を通り抜けて、その北側の道を少し西に行ったところにあります。小さな神社で、他には参拝者はいませんでした。平安京が創建された時、御所の鬼門の位置を守る神社として…
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京都探訪326 出町橋のそばの「鯖街道口」碑・京都アニメーション制作の「たまこまーけっと」のモデルになった枡形商店街

  烏丸通沿いにあるコンサート会場のアルティホールに行くのに、出町柳から今出川通を西に向かい、高野川に架かる河合橋、賀茂川に架かる出町橋を渡りました。賀茂川と高野川が合流して、鴨川になるわけですが、平安京の時代は鴨川は郊外でした。それが時代と共に京の町の中心が次第に東に移動して、京都御所も変遷を重ねた末、最終的に今の場所に落ち着きまし…
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京都探訪325 百万遍の「吉野屋」で夕食・大学時代はよく通っていた中華料理店があった場所・学生時代からあるクラシッ…

 11月29日の夕方に北白川を散策した後、夕食を百万遍の交差点の北西角のところにある「吉野屋」で取りました。冷え込みが厳しいので、牛すき鍋膳を食べて体を温めました。ごはんのお替わりは無料ですが、私はカロリー制限中なので、頼みませんでした。しかし、学生の中には、ごはん大盛りのお替わりを二度している人もいて、さすが学生の食欲は旺盛だと感心し…
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京都探訪324 大学時代、友達が下宿していた北白川近辺を散策・下宿で議論しながら飲み明かした日々・「紅白」を見なが…

 京都新祝祭管弦楽団のコンサートへ行く前、北白川のあたりを歩いてみました。北白川には大学時代、友達の下宿が二軒あり、よく訪ねていましたが、40年余りも経っていますから、建て替わっている家も多く、どこが友達の下宿だったのか判然としませんでした。夕方で次第に暗くなってきたということもあります。そのうちの一軒で、ドイツ文学を専攻していたH君の…
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音楽探訪49 京都新祝祭管弦楽団の「ベートーヴェン生誕250年記念の特別演奏会」 交響曲第五番「運命」に興奮

 11月29日(日)の夜、烏丸通沿いにある京都府立府民ホール・アルティでの京都新祝祭管弦楽団のコンサートに行きました。ベートーヴェン生誕250年記念の特別演奏会でしたが、コロナ禍の影響で、一時間という限られた演奏時間の中、「ロマンス」第2番(ヴァイオリン独奏は谷本沙織さん)、歌劇「フィデリオ」よりアリア「もしあなたと結ばれたなら」(ソプ…
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京都探訪323 藤原時平の陵墓と言われている宇治陵35号・宇治よりも周辺地域の生産量が多い宇治茶

  歩いて十分余りの御蔵山商店街の肉屋さんまで、週末限定で特価で販売されている牛肉と豚肉のセットを買いに行くことが時々あります。またJR六地蔵駅や京阪六地蔵駅へ歩いて行く場合も、商店街の中を経由して行くことが少なくありません。その道の途中に宇治陵の一つである35号陵墓があります。住宅街の中なので、見逃しやすいところにあるのですが。  …
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京都探訪322 立誠小学校跡地に複合施設・土佐藩邸があった場所・坂本龍馬はなぜ土佐藩邸に入らなかったのか・暗殺され…

 高瀬川沿いにある京都市立立誠小学校の跡地に、ホテルを含めた複合施設「立誠ガーデン ヒューリック京都」が開業し、テレビでも紹介されていましたが、コロナ禍のため、外出を控えているので、まだ訪ねていません。レトロな小学校の雰囲気も残しているということですが、周囲の景観とどうマッチしているのか見に行きたいと思っています。ホテルの上階にあるレス…
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京都探訪321 「京都府庁旧本館」 大正天皇・明治天皇の即位の時、内閣の閣議が開かれる・ガガーリン宇宙飛行士なとが…

 朝日新聞京都版の「古都ぶら」の欄に「京都府庁旧本館」が取り上げられていました。中庭の桜が見事なので、何回か行ったことがあり、拙ブログでも取り上げましたが、ここは幕末の時代、京都守護職を務めた会津藩主・松平容保の上屋敷があったところです。   写真は5年前の4月に撮ったものです。丁度、桜が見ごろでした。写真の桜は容保桜です。松平容保に…
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音楽探訪44「加山雄三 CDベスト」 新聞記事「古都物語 京都 加山雄三 ひとり泳いだ嵐山」

 写真は、1985年に発売された「加山雄三 CDベスト」の表紙です。それまでの彼のヒット曲はほとんど入っています。「君といつまでも」をはじめ、「夜空の星」「お嫁においで」「蒼い星くず」「旅人よ」「夕陽は赤く」「ぼくの妹に」など、何十回となく聴いて思い出深い曲の数々が収録されています。全15曲が加山さんの作曲で(弾厚作)、作詞の大半は岩谷…
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京都探訪320 朝日新聞の「古都ものがたり」の「藤山扇治郎 なじみ深い知恩院」 松竹新喜劇の盛り返しに期待

 知恩院の三門の前の駐車場はガラガラでした。コロナ禍の前は、バスがずらりと並び、入り切れないバスは路上に駐車していました。今は団体客の姿は全く見かけません。  二年前の朝日新聞の「古都ものがたり」の欄に「藤山扇治郎 なじみ深い知恩院」と題する記事が出ていました。扇治郎さんは藤山寛美さんの孫(藤山直美さんは伯母)で、若手ながら松竹新喜劇…
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京都探訪319 古門前橋 ドラマ探訪 「なめとんか やしきたかじん誕生物語」のロケ地の一つ ・京都での下積み生活

  白川から知恩院に通じる華頂道のところに、「古門前橋」が架かっていますが、このあたりは、関西テレビ制作のドラマ「なめとんか やしきたかじん誕生物語」のロケ地の一つになっています。  このドラマは、たかじんさんの若い頃の京都での下積み生活を中心に描いたものですが、駿河太郎さん(父親は笑福亭鶴瓶さん)が熱演していました。鶴瓶さんとの交…
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京都探訪318 円山公園にある祇園祭の山鉾の収納庫・円山公園の名前の由来

 京都の七月は、祇園祭一色になると言っても過言ではありませんが、今年は山鉾巡行などの行事が行われないので、いつもの賑わいがなくなるのは残念なことです。もっとも、神事は行われるので、祇園祭自体がなくなるわけではありませんが。疫病退散などのために始まった祇園祭が、大幅に縮小されるのはなんともやりきれませんが、一番残念に思っておられるのは、祇…
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大河ドラマ探訪473 明智光秀役のキャスティングに二系統あるとのペリー荻野さんの見解 京都探訪318 光秀が討たれ…

「朝日新聞」土曜版の「みちのものがたり」のコーナーに、愛宕山に上る山道「明智越」が紹介されていましたが、その記事の中で、大河ドラマの明智光秀役のキャスティングに二系統あるとの時代劇研究家のペリー荻野さんの見解が掲載されていました。  すなわち、一つは「正統派二枚目路線」、「基本、知的で屈折した正義漢で、信長の非道に憤った反逆者として描…
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京都探訪317 明智光秀の首塚 粟田口で首をさらされた後、その近くに埋められ、江戸中期に現在地に移される

 柚子屋旅館の昼食を取りに行った時は、地下鉄東山駅で降りて、白川沿いに南下して、知恩院から円山公園・八坂神社と歩いていきましたが、白川沿いの道を少し東に入ったところに、明智光秀の首塚があります。  ここも「麒麟がくる」のおかげで、ちょっした観光スポットになっているようで、新しい説明掲示板も建っています。それには、光秀は天正10年(15…
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京都探訪316 柚子屋旅館の「一心居」の柚子雑炊鍋膳・「蘇民将来子孫也」と書かれた疫病除けのちまき・十五種類のおば…

 五ヶ月ぶりに京都で妻と外食しました。いつも互いの誕生日祝いに、ちょっとしたランチを食べることをここ何年か続けてきましたが、今年は外出自粛要請のため、延び延びになっていました。  八坂神社のすぐ南にある柚子屋旅館のレストラン「一心居」でドリンク付きの柚子雑炊鍋膳を食べました。6月中は、20パーセント近い割引料金になっていてお得です。 …
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石田三成の実像2865 図録「特別展『唐入り』の時代ー秀吉の大陸出兵と大名たちー」15 慶長2年8月25日付の鍋島…

 徳島市立徳島城博物館発行の図録「特別展『唐入り』の時代ー秀吉の大陸出兵と大名たちー」の中で、慶長2年8月25日付の鍋島勝茂宛早川長政・熊谷直盛・垣見一直連署状が掲載され、次のように解説されています。 「目付衆として、慶長出兵における在陣諸将を監督する早川長政・熊谷直盛・垣見一直によって鍋島勝茂に発給された請取状。届けられたのは、…
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石田三成の実像2864 秀吉が最晩年に築いた「京都新城」の遺構発見・秀吉の死後、北政所が移住・北政所が三成寄り…

秀吉が最晩年に築いた「京都新城」の遺構が発見されたという記事がネットニュースや新聞に出ていました。石垣や堀、金箔瓦などが発掘されました。「京都新城」があった場所は現在、仙洞御所になっています。秀吉の死後、未亡人の北政所(おね 高台院)が大坂城から移り住み、死ぬまでここで過ごしました。ドラマなどでは、北政所は淀殿が牛耳る大坂城にいる…
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通院の帰りに見た山科川の桜 フランス文学探訪103 カミュの小説「ペスト」不条理なものに反抗して立ち向かう

関西医大への通院の際は、六地蔵から山科川沿いに歩いて帰宅しましたが、桜が満開でした。もっとも、散瞳剤の影響で、まぶしくぼんやりとしか見られませんでした。今年のささやかな花見です。  カミュの小説「ペスト」が読まれているそうですが、学生時代、サルトルとカミュはフランス文学の最先端の作家でした。「ペスト」は、翻訳書でも原書でも読みました。…
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京都探訪315 本能寺 高橋幸治さんの信長 本能寺の変の原因についての桐野作人氏の見解

「京都の若冲とゆかりの寺」展を見て、「晦庵 河道屋」で昼食を取ったその帰り、本能寺に少し立ち寄りました。いつもより人が多いようでしたが、これも大河ドラマの影響でしょうか。本堂にスロープが付いていましたが、車椅子で参詣する人のためでしょうか。ゲームの武将キャラの看板が立っているのは今どきのことだという気がします。  本能寺の変が起こ…
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京都探訪314 「晦庵 河道屋」の鍋料理「芳香炉」

「京都の若冲とゆかりの寺」展を見た後、「晦(みそか)庵 河道屋(かわみちや)」で鍋料理である「芳香炉」を夫婦で食べました。一ヶ月遅れの、結婚記念日を兼ねての昼食でした。妻は独身時代に、同僚たちと一度食べたことがありますが、私は初めてでした。二人前からで、予約が必要、三十年前発行の「あまから手帖が薦める 京都うまい店100選」でも紹介され…
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京都探訪313 「京都の若冲とゆかりの寺」展 仏教思想を具現化した、芸術性の極めて高い宗教画

京都高島屋で開催中の「京都の若冲とゆかりの寺」展を見に行ってきました。先週の木曜、毎日放送の番組「ちちんぷいぷい」で紹介され、20日までと聞いて、最終日に行きましたが、人気の画家の展覧会とあって混みあっていました(この後、大阪、東京、横浜と巡回されます)。細見美術館、若冲の菩提寺である宝蔵寺や、相国寺、金閣寺、銀閣寺など八ヶ寺が所蔵す…
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音楽探訪37 京都コンサートホールの「おんがくア・ラ・カルト 『華ひらくチェンバロ演奏』」 濱田あやさんの優雅な演奏

  17日、京都コンサートホールのコンサート「おんがくア・ラ・カルト」を聴きに行ってきました。今回は濱田あやさんによるチェンバロ演奏でしたが、そのバロック調の優雅な音色に酔いしれました。アンコールで、「オーバー・ザ・レインボー」の編曲を演奏されましたが、濱田さんは芦屋市の出身で、阪神・淡路大震災25年の日ということもあって、思いを込めた…
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京都探訪312 舎人親王が祭神の神足神社・そばの勝竜寺城の土塁、空堀跡・藤孝が改修し、神足屋敷(城)も城内に取り込む

 山崎の合戦の際、明智光秀が本陣を置いたとされる恵解山古墳から引き返し、勝竜寺城公園を経て、長岡京駅に戻りましたが、その途中、神足(こうたり)神社に寄り、お参りしました。  神足神社の祭神は、天武天皇の子の舎人(とねり)親王と云われています。舎人親王は「日本書紀」を編纂した人物として有名ですが、淳仁天皇は舎人親王の子です。淳仁天皇は、…
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