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zoom RSS 石田三成の実像1577 「三成フェス」に参加・滋賀県のCM・「歴史秘話」の好きな武将で4位

<<   作成日時 : 2016/03/17 23:23   >>

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 26日に滋賀県立大学交流センターに行われる「三成フェス 〜今こそ再発見!近江の武将石田三成〜」の参加証がメールで届きました。抽選なので、どうかなと思っていたのですが、選ばれたので、安堵しています。
 「三成フェス」の内容は拙ブログでも少し触れましたが、小和田哲男氏による基調講演、松平定知氏・ 屋敷陽太郎氏・小日向えり氏によるパネルディスカッション(コーディネーターは中井均氏)、三成ゆかりの地である長浜市・米原市・彦根市によるプレゼンテーションなどです。
 三成関係のイベントに参加するのは、昨年12月に敦賀市で行われた太田浩司氏の講演会以来です。
 彦根へ行くついでに、1泊して三成関連史跡などを回って来ようと思います。具体的にどこを訪ねるかはまだ決めていませんが、
 滋賀県が三成のCMを作り、その内容が話題を呼んでいます。長浜市・米原市・彦根市だけでなく、滋賀県全体で三成をアピールしていることは、画期的です。十数年前には、滋賀県のみならず、佐和山のある彦根市でも三成の知名度も評価も低かったことを思えば、隔世の感があります。
 滋賀県のCMでは、三成が「忠義心ナンバーワン」として紹介されていますが、奸臣、陰謀家と捉えられていた江戸時代の評価を払拭するものがあります。もっとも、三成を「忠義の臣」と捉えるのは封建時代の考え方であり、、実際の三成は秀吉の命令の言いなりになるのではなく、秀吉に諫言するのも厭わない人物でした。しかし、本当の「忠義の臣」というのは、イエスマンではなく、主君に耳の痛いことも言う人物ですから、そういう意味では「忠義心」が厚かったと言えなくはありません。「義の武将」というのが妥当かと思いますが。白川亨氏は三成のことを「直言居士」とおっしゃっていますが、それは文禄の役の際に三成たちが記した戦況報告の書状によってもわかります。戦線が伸び切って兵站が保てないため、戦争が継続できず、このままでは日本人は一人もいなくなるということをストレートに書いています。秀吉の怒りを買いそうな内容です。
 昨夜放送された「歴史秘話ヒストリア あなたが選ぶ○○な人」では、好きな武将の第4位に三成がランクインされていました。今までの評価の低さからはあまり考えられないことでした。三成が高く評価された点として、「関ヶ原の戦いで西軍の中心として家康と戦い、秀吉への忠義を貫いた」ことだと説明されていました。
 もっとも、上司にしたくない人として三成は4位、一緒に飲みたくない人として5位にランキングされていました。その説明は、番組ではありませんでしたが、生真面目、律儀で融通のきかない杓子定規な人物、横柄で付き合いにくい人物としてイメージされているのではないでしょうか。生真面目、律儀というのはそうだと思いますが、横柄さ、付き合いにくさというところは奉行という役目からも来ているのではないでしょうか。三成は独自の人脈を作り上げましたし、それは彼のことをわかっている者も少なくなかったという証(あかし)です。

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