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zoom RSS 大河ドラマ探訪410「真田丸」76 「知恵泉 戦国武将・宇喜多秀家と豪姫」3

<<   作成日時 : 2016/08/01 10:40   >>

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 NHKで放送された番組「知恵泉 世界一の夫となるには?戦国武将・宇喜多秀家と豪姫を」で、秀家が慶長3年(1598)、27才の若さで五大老に選ばれたことに触れられていましたが、この異例な出世には、実力が評価されただけではなく、秀家と豪姫の互いの愛情を隠さない二人のストレートな愛情表現が深く関係したかもしれないと解説されていました。
 そういう見方は極端かもしれませんが、秀吉が豪姫の夫である秀家に期待していたのは確かであり、それが五大老の抜擢につながったのでしょう。
 この点について、大西泰正氏の「豊臣期の宇喜多氏と宇喜多秀家」(岩田書院)には、次のように記されています。 「豊臣政権において秀家の政治的地位を担保するものは、(中略)政治的人格・軍事的将領としての秀家の才覚ではない。豪姫の夫、秀吉の娘婿・一門という秀家の続柄こそが、ほとんど唯一の拠り所であった」と。
 番組では、秀吉は秀家の実力が評価されたという捉え方でしたが、大西氏の同書では、秀吉が「秀家の器量を不安視」しているという表現もあります。
 番組では、秀家の身長が170センチあり、当時としては高かったこと、地元岡山の若い女性に大変な人気があること、菩提寺である光珍寺がファンの聖地になっており、本堂の横の八畳の間が宇喜多の間と呼ばれ、年間千人もの女性が秀家関連グッズをお供えしていること、2月11日の法要には多くの女性が、バレンタインディーが近いということもあって、さまざまなチョコレートを奉納していることが紹介されていました。
 また地元のイベント「戦国追想曲」に参加している人々の集まりにお邪魔して、秀家がイケメンで格好良く、人生がドラマティックであることに憧れるを感じると若い女性が話し、オリジナルの秀家グッズ(扇子を持ち能を舞う姿をかたどった、教養ある秀家を表現したフェルト人形、秀家と豪姫の愛情の深さを表した石鹸など)も紹介されており、理想の夫としての秀家に惹かれる人々の姿が示されていました。
 秀家が岡本城と城下町の整備に力を尽くし、山陽道の道筋を替え、城下を通すようにして、町の発展に貢献したこと、地元の酒の育成に力を尽くし、そのうちの児島酒が醍醐の花見の際に出され、大変おいしかったと「太閤記」に記されていること、大変な母思いで、母のおふくが重い病気になった時、母の故郷に近い湯原温泉に湯治させる際、湯屋や宿屋を十軒余り立てたことが郷土史の「作陽誌」に記されていること、地元には「おふくの会」があり、その集まりにもお邪魔していましたが、会の活動としておふくや秀家の顕彰を進めており、女性たちが親孝行の秀家のことを熱く語っていました。

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