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zoom RSS 旅行記84 有馬温泉2 親水公園・天神泉源・御所泉源・温泉寺・湯泉神社

<<   作成日時 : 2017/02/06 17:08   >>

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 写真は有馬川の河川敷の親水公園を2月3日に撮ったものです。有馬川は滝川と六甲川がこの地点で合流しています。親水公園は阪神・淡路大震災があった1995年に作られました。写真に写っている赤い橋がねね橋です。親水公園は下に降りて歩くのがお勧めです。
 「太閤橋」のそばの「ゆけむり広場」にある「茶人太閤像」は1582年に設置されましたが、「ねね像」が設置されたのはその15年後のことであり、作者はどちらも新谷英子氏です。「ねね橋」が架けられたのは、1996年のことです。
 「太閤像」のそばに滝の噴水と河童像があります。河童像は有馬と姉妹温泉の関係にある札幌の定山渓温泉から寄贈されたものです。
 われわれはそこからねね橋の方に戻り、太閤通を歩きましたが、店が立ち並びお土産を買い求めたり街ブラを楽しんだりしている観光客も多く(外国人の姿も目立ちました)繁華な通りです(平日だったので、それほど混んではいませんでしたが)。ここは広い通りですが、途中から細くなっている湯本坂を上り、テレビでもよく紹介されている足湯(若い人々が座って楽しんでいました)のところを通り、天神社に向かいました。
 天神社は有馬温泉の鬼門の方角に当たり、守護するため京都から北野天満宮を勧請しました。その境内に、金泉の泉源があり、しきりに白煙が上がっていました。
 ここから御所泉源(ここも金泉【赤湯】であり、塩分と鉄分が多く含まれ、特に塩分濃度は日本一と説明掲示板に書かれています)のところを通って、願い坂を登り、温泉寺に行き着きました。秀吉が願い事をしながら杖を振って地面をたたくと、その場所から温泉が噴き出したという伝説があり、そのことから温泉につながる坂が「願い坂」と云われるようになったということです。
 温泉寺は、行基が神亀元年(724)に建立したものです。境内の横の階段を百段余り登ると、湯泉神社があり、有馬温泉を発見したとされる大己貴命(オオナムチノミコト)、少名名命(スクナヒコノミコト)、熊野久須美命(クマノクスミノミコト)が祀られています。三羽の傷ついたカラスが湧き水で体を治しているのを見て温泉を発見したと伝えられており、それにちなんで本殿軒下には木彫りの三羽の烏が彫られています。温泉寺も湯泉神社も歴史の厚みが感じられる場所です。高いところだけに、神社からの眺望は悪くありませんでしたが、木々に景観が遮られているのが少々残念でした。
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