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zoom RSS 石田三成の実像1965 中野等氏「石田三成伝」49 奥州仕置1 御制札御判銭控 

<<   作成日時 : 2017/07/10 10:22   >>

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 中野等氏の「石田三成伝」(吉川弘文館)の中で、天正18年8月日付欠の三成宛の「御制札御判銭控」が記された秀吉朱印状が取り上げられています。
 この書状の内容について、中野氏の解説は次の通りです。
 「秀吉の軍勢に恭順する村々は、その姿勢を明確にするため、秀吉方の発する制札・禁制を、応分の費用を負担して入手しなければならない。この『御制札御判銭控』は、いわばその料金を公定したものである。対象となる在所は、その村位によって上・中・下に等級分けされ、判銭の拠出を命じられる。秀吉みずからが三成に対し、具体的な永楽銭の額を提示している。些末にもみえるが、もとより、依怙贔屓や現地での不正を防ぐためであり、違犯が生じれば厳罰に処すためである。こうした政策に裏づけられて、豊臣政権による支配の正統性が担保されていくことになる」と。
 等級分けするというのは、太閤検地でも同じであり、基準を設けてその基準通りにするというのは公平性が保てることで、みんなもそのやり方を納得したのではないのでしょうか。こういう公正な姿勢は三成がこの後、佐和山城主になった時、領内に出した掟書にもよく表れています。
 中野氏の同書には、8月10日付で秀吉が三成に与えた「定」7ヵ条が掲載されています。その内容は、「奥州仕置の詳細を示すものであり、政権の統治原理を奥羽にも敷衍するものであった」と。奥州仕置は、浅野長政・大谷吉継・三成らに命じられ任されました。
 その第1条には、「今度の検地によって決定される年貢米・銭のほか、百姓に対して臨時に道理に合わないことを命じてはならない」と記されています
 また第5条には、「日本全国の百姓は刀・脇差・弓・鑓・鉄炮など、一切の武器所持を禁じられた。このたび、奥羽の百姓にも同様の命が下される。したがって、以後は武器を所持する百姓が村にいるようなら、その人物はいうまでもなく、その郷村全体を同罪に処す」と記されています。
 これらの記述から、三成が奥州の検地・刀狩を委ねられたことがわかりますが、三成はそれまでにも検地・刀狩を担当し、その実績があったからこそでしょうし、豊臣政権にあって、それらの諸政策を中心になって実施していたのが三成であった証左ともなります。
 この「定」七ヵ条については、山本博文氏の「刀狩令に見る秀吉法令の特質」(『天下人の一級史料』所載)でも取り上げられ、その内容について次のように簡略化してまとめられています。
 「@検地と百姓臨時使役の禁令、A盗人の禁令、B人身売買の禁令、C百姓の耕作専念義務、D刀狩り、E百姓の土地緊縛、F永楽銭の換算率の規定」と。

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