関ヶ原の残党、石田世一の文学館

アクセスカウンタ

zoom RSS 三成の実像2294 番組「偉人たちの健康診断 石田三成」7 石田地蔵と村掟

<<   作成日時 : 2018/06/06 11:06   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 NHKの番組「偉人たちの健康診断 石田三成」の中で、三成が領民に慕われていたことを示すものとして、前述したように、仙琳寺の石田地蔵と成菩提院に残る十三ヶ条の村掟が紹介されていました。
 石田地蔵は、領民たちが三成や一族の菩提を弔うために造って、江戸時代、入山禁止だった佐和山に密かに入って安置したものですが、何度も壊されたと番組では紹介されていました。
 こういう石田地蔵の存在は、石田多加幸氏の「石田三成写真集」(新人物往来社)に写真が掲載されていたので知っていましたが、どこにあるのかは書かれていないのでわかりませんでした。仙琳寺にあることを知ったのは、佐和山城研究会代表の田附清子氏に案内してもらった時でしたから、十数年前のことです。
 村掟の方は、「不作の時は収穫高を見て農民と役人が話し合う」こと、「困ったことがあればなんでも三成に直訴せよ」という文言が挙げられ、三成は厳しい規則で縛るのではなく、人々の意見を聞いて話し合うことを心がけ、武士だけでなく庶民の権利も認めていたと説明されていました。
 すべての人々が暮らしやすい世の中をという三成の思いは「大一大万大吉」という家紋にも表されていると番組では述べられていました。すなわち、「一人がみんなのために、みんなが一人のために尽くせば、みんなが幸せになれる」と。
 もっとも、家紋のこの解釈は、前原正美氏によるもので多分に現代的です(「『大一大万大吉』の御旗に見る石田三成の〈愛の思想〉」【悲劇の智将 石田三成】〔宝島文庫〕)。本当のところは、縁起のいい言葉を並べたのではないかと思っています。
 この点について、「日本国語大辞典」(小学館)には、「大一大万大吉」の説明として、「紋所の名。『大一』『大万』『大吉』の文字を組み合わせた図柄のもの」と説明され、使用例として、歌舞伎の「富士三升扇曾我」の二幕の中の「『大一大万大吉とは』『大小名の助命の願ひに』『さいさきのよき紋尽し』」が挙げられています。「さいさきのよき紋尽し」という表現が、縁起のいい言葉を並べたことを物語っています。
 紋所の解釈はともかく、三成が社会に求めていたのは、原理原則を貫く、公正さだったという中井俊一郎氏の見解に同意します。中井氏の「石田三成からの手紙」(サンライズ出版)の中で、領民に出したこの掟書について論じられていますが、「同時代の領主でこれほど細かく厳密な規定を行った者はいない。民政に通じた三成であればこその掟書と言えるが、その思想の一つは公平性確保であった」、「細かな厳しい基準を作ることは、領民に取ってみればよいことばかりではない」が、「三成の原理原則を貫く姿勢が、領民に信頼感を与えたことも間違いない」などと記されています。
 

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
三成の実像2294 番組「偉人たちの健康診断 石田三成」7 石田地蔵と村掟 関ヶ原の残党、石田世一の文学館/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる