京都探訪303 「開晴亭」のランチ・一口カレー・パンは「進々堂」のもの

 京都コンサートホールでのコンサートは午前中だったので、その後、近くの北山通の「開晴亭」に夫婦で入り昼食を取りました。以前も訪ねたのですが、満員で待っている人も多いため諦めました。今回は時間が少し遅めだったせいか、すぐに入れました。  リーズナブルなランチを食べましたが、アミューズ(ワカサギのエスカベッシュ【洋風南蛮漬け】)、マッシュ…
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石田三成の実像2774 谷口徹氏の講演「石田三成と十三ヶ条掟書」1 農民支配の集大成

11月24日に米原市柏原の成菩提院の本堂で行われた谷口徹氏の講演会「石田三成と十三ヶ条掟書(おきてがき)」の中で、三成が湖北四郡19万4000石を領する佐和山城主になったのは、文禄4年(1595)8月、三成が領内に掟書を発布したのは、翌文禄5年3月1日のことであり、この掟書は、「豊富な検地奉行の経験などを通して民心を熟知した石田三成が、…
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音楽探訪35  京都探訪302 京都コンサートホールの「おんがくア・ラ・カルト 『聞かせてよ、愛の言葉を』」 谷村…

11月29日、京都コンサートホールでの「おんがくア・ラ・カルト」を聴きに行ってきました。今回はソプラノ歌手の谷村由美子さんによる「聞かせてよ、愛の言葉を」と題する声楽でした。ピアノ演奏は宋和映さん、ナビゲーターはコンサートホールの高野裕子さんでしたが、三人とも京都市立芸術大学出身で、フランスに留学経験を持つという共通点があり、歌われた曲…
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旅行記205 11月2度目の近江旅行7 石田三成の実像2773 徳源院・京極家墓所

 11月24日、米原市の成菩提院での三成会議のイベントは午前中だったので(谷口徹氏の講演「石田三成と十三ヶ条掟書」の内容については後述します)、その後、一人、京極家の墓所がある徳源院を訪ねました。歩いて二十分余りですが、何年か前にも訪ねたことがあります。紅葉を見に来ている人々もいましたが、はや散り始めていました   京極家初代の氏信が…
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旅行記204 11月2度目の近江旅行6 石田三成の実像2772 成菩提院の「三成会議」1「乙訓戦国つつじ」のメンバ…

 佐和山城跡ののろし駅伝・いしだみつにゃん誕生祭の翌日は、米原市柏原の成菩提院で三成会議のイベントが開かれました。私が行った時には、三成マンホールデザイン表彰式は終わっており、「乙訓戦国つつじ」のメンバーによる甲冑劇が始まっていました。三成の少年期から、成長して秀吉のもとで活躍し、関ヶ原の戦いで敗れて処刑されるまでを三十分という短い枠の…
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旅行記203 11月2度目の近江旅行5 石田三成の実像2771 いしだみつにゃん誕生祭3・田附清子氏の講演「三成の…

  写真はいしだみつにゃん誕生祭の際の時の昼食を撮ったものです。売り切れているかと思ったのですが、まだありました。かやくご飯(全国的には炊き込みご飯と言いますが)、しじみ汁、お茶のペットボトル、それに三成の辞世の歌とされる「散り残る紅葉」の和歌が記されたボールペンが付いていました。  誕生祭の〇✕クイズで、「近江鉄道のいしだみつにゃ…
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石田三成の実像2771  高橋陽介氏の書評報告「本多隆成氏『「小山評定」再々論 家康の宇都宮在陣説を中心に』」2 …

高橋陽介氏の書評報告「本多隆成氏『「小山評定」再々論 家康の宇都宮在陣説を中心に』」(『地方史研究』398号、2019年)の中で、通説では家康が諸将と小山評定を開き、上杉攻めを中止して上方にいる三成らを討つことを決めたとされる日には宇都宮に在陣していたとする白峰氏の見解について、家康が江戸を出発してから再び江戸に戻るまでの15日までの日…
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旅行記202 11月2度目の近江旅行4 石田三成の実像2770 いしだみつにゃん誕生祭2・田附清子氏の講演「三成の…

 写真は11月23日の午後に彦根の佐和山会館で行われた、いしだみつにゃんの誕生祭のバースディーケーキです。みつにゃんには色紙やきつねのぬいぐるみもプレゼントされていました。家康が「たぬき」と呼ばれているのに対して、三成は「きつね」と言われることがよくあるのにちなんだ贈り物です。  さて、その時に行われた 田附清子氏の講演「三成の歌~辞…
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石田三成の実像2769 白峰旬氏「新視点関ヶ原合戦」34 大垣城攻防戦に関する保科正光の戦局シミュレーション」14…

 白峰旬氏の「新視点関ヶ原合戦」(平凡社)の、 第四章「大垣城攻防戦に関する保科正光の戦局シミュレーション」の中で、慶長5年8月29日付で、家臣の松沢喜右衛門尉・丸山半右衛門尉・吉川織部佑に宛てた保科正光書状が取り上げられていますが、その内容の続きです。  この書状について、次のような記載があります(現代語訳)。 「大垣(城)に籠…
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京都探訪301 大学時代からの友人と西大谷本廟・清水寺・円山公園・知恩院などを散策

  先週の水曜日、福山で寺の住職をしている、大学時代からの友人N君と一年半ぶりに会いました。NHK京都の文化センターで仏教に関する講座を受講するために京都に来たので、四条通りにある文化センターで待ち合わせをしました。講座が正午までだったので、そのあと寺町通の店で食事をし、タクシーで西大谷本廟まで行きました。寺で必要なものを買うためですが…
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旅行記201 今月2度目の近江旅行3 石田三成の実像2768 いしだみつにゃん誕生祭・田附清子氏の講演「三成の歌~…

 23日の午後に彦根の佐和山会館で行われたいしだみつにゃんの誕生祭は、しまさこにゃん、おおたににゃんぶとの三将ならぬ三にゃんのそろい踏みで、佐和山のろし駅伝にも参加した甲冑隊や辰姫も付き添い、バースディーケーキがみつにゃんにプレゼントされ、会場にいた全員にもそのケーキが分けられてふるまわれました。みつにゃんにプレゼントを持ってくる人々も…
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旅行記200 今月2度目の近江旅行2 石田三成の実像2767 佐和山城跡でののろし駅伝

 昨年と同様、23日に行われた佐和山城跡ののろし駅伝、午後の佐和山会館でのいしだみつにゃんの誕生祭に参加しました。例年は山頂は寒い(4日に登った時も風が吹いて寒く、あまり長居はできない状態でした)ので、厚着をして登ったのですが、今日は天気がよく気温が上がり汗をかくほどでした。のろしが上がったのはちょうど正午で、三成の旗印が描かれた幕がか…
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石田三成の実像2766 白峰旬氏「新視点関ヶ原合戦」33 大垣城攻防戦に関する保科正光の戦局シミュレーション」13…

白峰旬氏の「新視点関ヶ原合戦」(平凡社)の、 第四章「大垣城攻防戦に関する保科正光の戦局シミュレーション」の中で、慶長5年8月29日付で、家臣の松沢喜右衛門尉・丸山半右衛門尉・吉川織部佑に宛てた保科正光書状が取り上げられていますが、その内容の続きです。  この書状について、次のような記載があります(現代語訳)。  「豊臣公儀の軍勢(…
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旅行記199 今月2度目の近江旅行1 石田三成の実像2765 妙源寺の山門・芹川のケヤキ道・宗安寺の赤門・木村重成…

また二泊三日で彦根に行ってきました。11月になって2度目です。23日は佐和山城でのろし駅伝、午後はいしだみつにゃんの誕生祭、24日は米原市柏原の成菩提院で三成会議主催の、三成を主人公にした甲冑劇、谷口徹氏の講演会「石田三成と十三ヶ条掟書」が行われ、それらに参加するためでした。  22日に泊まったホテルは、芹川沿いにあり、妙源寺の近くで…
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受贈御礼 高橋陽介氏の書評報告「本多隆成氏『「小山評定」再々論 家康の宇都宮在陣説を中心に』」1 石田三成の実像2…

 高橋陽介氏より書評報告「本多隆成氏『「小山評定」再々論 家康の宇都宮在陣説を中心に』」(『地方史研究』398号、2019年)をご恵贈賜りました。本多氏の同論考も併せてお送りいただきました。この場を借りてお礼申し上げます。この高橋氏の書評報告は織豊期研究2019年10月例会で発表されたものです。  小山評定とは、上杉攻めに向った家康が…
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旅行記198 出雲旅行9 松江城の興雲閣・大正天皇の皇太子時代の御宿所

松江城の二の丸に建っている興雲閣も趣きがありました。鳥取城跡の一角に建つ仁風閣と似たような雰囲気があります。もっとも仁風閣には、そばに庭園があり、その眺めも美しいのですが、興雲閣には庭園はありません。  興雲閣は、松江市工芸品陳列所として明治時代に建てられました。もともと、明治天皇の行在所(あんざいしょ)として使うのに建てられたため、…
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石田三成の実像2763 中井俊一郎氏の講演「三成研究最前線 主に三成最期の500日に関して」5 関ヶ原合戦での論点 

2日に米原市観音寺の三成ブックカフェで行われた中井俊一郎氏の講演「三成研究最前線 主に三成最期の500日に関して」の中で、関ヶ原合戦についての論点についてもいろいろ挙げられていました。  まず西軍の首謀者は三成ではなく、名実ともに毛利輝元とする指摘があり、研究者の間ではそれが主流になっていると説明されていました。しかし、西軍の構成が三…
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旅行記197 小倉旅行19 下関の赤間神宮の「芳一堂」 日本文学探訪 小泉八雲「耳なし芳一」・八雲の来日・漱石との…

  小泉八雲の小説、「耳なし芳一」の舞台となった、赤間神宮の「抱一堂」を7月の下関散策の時に訪ねました。小説では、阿弥陀寺として出てきます。盲目の琵琶法師の抱一が、知らずに安徳天皇の墓地に連れていかれ、「平家物語」の壇ノ浦の一節を、滅亡した平家の怨霊たちに聴かせたところ、怨霊に気に入られ憑りつかれてしまいます。それを知った和尚が芳一を救…
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石田三成の実像2762 白峰旬氏「新視点関ヶ原合戦」32 大垣城攻防戦に関する保科正光の戦局シミュレーション」12…

白峰旬氏の「新視点関ヶ原合戦」(平凡社)の、 第四章「大垣城攻防戦に関する保科正光の戦局シミュレーション」の中で、慶長5年8月29日付の、江戸にいる家臣の黒河内長三に宛てた保科正光書状が取り上げられていますが、その内容の続きです。  この書状について、次のような記載があります(現代語訳)。  「去る(8月)22日・23日、合渡(川)…
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旅行記196 出雲旅行8 松江の「蓬莱吉日庵」の「魚一復刻ランチ」

 松江散策の際の昼食は、松江城を見学する前に取りましたが、城の南に位置する「蓬莱吉日庵」で、情報誌に載っていた店です。母屋は明治時代に建てられたもので、昭和の最初に離れが増築され、料亭「常乃家」として創業されました。 松の間のテーブル席で広い庭の風情を楽しみながら食べました。頼んだのは、リーズナブルな価格の「魚一復刻ランチ『湖月』…
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