旅行記318 佐和山と湖東三山の紅葉をめぐる旅1 のろし駅伝は中止・前々日に佐和山登山・百済寺の庭園

11月21日から彦根に2泊しました。3ヶ月ぶりのことです。23日に琵琶湖一周のろし駅伝があり、石田三成の居城であった佐和山でものろしが上がるので、それを見るためでしたが、残念ながら、当日は雨が降り、のろし駅伝は中止になりました。もっとも、出かける前から、23日は雨の予報が出ており、実際行われるかどうかは微妙な状況でしたが、あいにく予報通…
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石田三成の実像3436 白峰旬氏の「スペインの世界戦略に挑戦する豊臣秀吉」9「秀次事件に関する記載」7 7月25日…

 白峰旬氏の論文「スペインの世界戦略に挑戦する豊臣秀吉ー『スペイン統治時代フィリピン総督日本関係文書』に記された豊臣秀吉、豊臣秀頼、徳川家康、徳川秀忠、徳川家光の時代に関する諸事項の記載についてー」の「秀次事件に関する記載」の中で、遠藤珠紀氏の「豊臣事件事件と金銭問題」の次のような指摘も取り上げられています。  すなわち、「『(文禄4…
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自作小説「守護神」30 第9章(その1) ※注 小説の時代設定は1970年代です

 教室の静寂を打ち破るように、チャイムが鳴りわたった。しゃべり終えた講師は、自分のノルマを果たせばそれで充分だというふうに、そそくさと教室から出て行った。それに比べると、浪人たちの動きはずっと緩慢だった。ざわめきもなく、めいめい本やノートをかばんにしまうと、おもむろに退室した。出席者の数は少なく、出口で混雑するということもなかった。島津…
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京都探訪397 醍醐寺 秀頼が再建した仁王門・平安時代の五重塔・観音堂と弁天堂の間にある池の周辺の紅葉

18日、夫婦で醍醐寺の紅葉を見に行きました。家から歩いて30分程の距離です。今回は久しぶりに醍醐寺と三宝院を二時間余りかけて拝観しました。  最初に醍醐寺を訪ねたのは、今から三十年程前で奈良に住んでいた時期でした。地下鉄東西線はまだなく、京都駅からバスで行きましたが、かなり時間がかかりました。宇治に移り住んでからは、近いということもあ…
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石田三成の実像3435 白峰旬氏の「スペインの世界戦略に挑戦する豊臣秀吉」8「秀次事件に関する記載」6 謀叛の嫌疑…

 白峰旬氏の論文「スペインの世界戦略に挑戦する豊臣秀吉ー『スペイン統治時代フィリピン総督日本関係文書』に記された豊臣秀吉、豊臣秀頼、徳川家康、徳川秀忠、徳川家光の時代に関する諸事項の記載についてー」の「秀次事件に関する記載」の中で、遠藤珠紀氏の次のような指摘が取り上げられています(『豊臣秀次と金銭問題』)。  「『もともと秀吉に秀次殺…
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自作小説「守護神」29 第8章(その5) ※注 小説の時代設定は1970年代です

「さすがにお腹がぺこぺこになってきたわ」 「今、何時だい」 「あらっ、あなた、時計をはめてないじゃない。今まで全然気づかなかったけど」  彼女の驚いたような様子に、木村の方が恥ずかしくなったが、その気持ちを彼女からも自分からも隠すように、平然とした口調で言った。 「安息する日に、時計はいらないよ」 「でも珍しいわ。あなたが…
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大阪歴史博物館での講演会・特別企画展「刀剣~古代の武といのり~」1 大手前高校の前を通って・企画展の入口の、大刀に…

 19日、大阪歴史博物館での講演会「刀剣~古代の武といのり~」を聴きに行き、その特別企画展も見学しましたが、その行き帰りに大阪府立大手前高校の前を通りました。三年近く前に、久しぶりに訪ねて以降、校内に入っていませんが、異動が激しいので、恐らく顔見知りの教職員はほとんどいなくなっているのではないでしょうか。校舎のたたずまいは変わってい…
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石田三成の実像3434 白峰旬氏の「スペインの世界戦略に挑戦する豊臣秀吉」7「秀次事件に関する記載」5  谷徹也氏…

 白峰旬氏の論文「スペインの世界戦略に挑戦する豊臣秀吉ー『スペイン統治時代フィリピン総督日本関係文書』に記された豊臣秀吉、豊臣秀頼、徳川家康、徳川秀忠、徳川家光の時代に関する諸事項の記載についてー」の「秀次事件に関する記載」の中で、事件後の状況について次のように記載されています。  「彼(秀吉)の甥(秀次)、及び地位の高い人々が死去…
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自作小説「守護神」28 第8章(その4) ※注 小説の時代設定は1970年代です

「怜子は大阪に本決まりだろ。僕の場合は東京になるか、神戸になるかはっきり分からないんだ。研究所に入るはずだから、どちらかには違いないんだが。一応希望を聞かれて、できれば神戸と答えておいたけど、あてにはならない」 「東京と大阪でもいいじゃない。名古屋で会ったりして。新幹線デートだわ。ゴージャスな事!」     今度は怜子のはしゃいだ様…
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西大寺で巻雲短歌会会誌の次号編集の打ち合わせ・安倍元首相銃撃事件の現場・西大寺の紅葉

 16日、西大寺駅前の喫茶店で、巻雲短歌会会誌の次号の編集についての話し合いを共同代表の人と行い、予定通り発行する段取りを整えました。  安倍元首相が狙撃された事件現場は、喫茶店のすぐそばですが、事件後、ここに来るのは初めてです。事件現場は当初の計画通り駅前の再開発の一環で車道として整備されるということで、目下工事中でした。市長が…
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旅行記317 高橋陽介氏の主催で大垣・関ヶ原をめぐる10 大垣の「四季の広場」 美濃路の飯沼慾斎屋敷跡、大垣宿本陣…

 大垣の景色で一番気に入っているのは、水門川の「四季の広場」周辺です。このあたりは、京都アニメーション制作のアニメ映画「聲の形」でも描かれていましたが、滝のトンネルといい、水上ステージといい、美登鯛橋といい、時計台までが周囲と溶け合っている気がします。    10月22日、「奥の細道むすびの地」から「奥の細道むすびの記念館」、全昌…
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自作小説「守護神」27 第8章(その3) ※注 小説の時代設定は1970年代です

「あなたがいけないのよ。妙なことを言うから。    ええと、さっきの話ね。確かに川の流れが現実の姿だというのは認めるわ。だけど、その流れに運ばれてゆく枯れ葉が、安易に現実に流されている受動的なものだとは思えないわ。むしろ、現実から目を背けず、現実に即して何事も処理してゆこうという、積極的な姿勢が表われているのよ。だから、あなたが言…
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旅行記317 高橋陽介氏の主催で大垣・関ヶ原をめぐる9 小原鉄心の別荘「無何有荘大醒榭」・大垣藩を新政府側に替える…

 旅行の順番が戻って恐縮ですが、初日の10月21日の午後、大垣入りし、ホテルに荷物を預けた後、まず水門川の「奥の細道むすびの地」のところまで行きました。芭蕉の「奥の細道」の旅が終わった地です。  そのそばに「奥の細道むすびの地記念館」がありますが、その敷地内に「無何有荘大醒榭(むかあそうたいせいしゃ)」があります。  「無何…
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旅行記316 高橋陽介氏の主催で大垣・関ヶ原をめぐる8 石田三成の実像3432 関ヶ原古戦場記念館見学2  動く「…

関ヶ原古戦場記念館には、描かれた人物たちが動く「関ヶ原合戦図屏風」が展示されていました。なかなか面白い趣向だと思いましたし、しばし見入りました。これは写真OKでした。家康の養女の満天姫が津軽二代目藩主信枚に嫁ぐ時に家康が持たせたものをもとに作られています。信枚にはすでに石田三成の三女の辰姫が嫁いでいましたが、満天姫が信枚の正…
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自作小説「守護神」26 第8章(その2) ※注 小説の時代設定は1970年代です

「あれをごらん。杭に葉が引っ掛かっているだろ」 「それがどうしたの」  彼女はまだ腑に落ちない様子だった。 「川の水は流れて行って、とどまることを知らないだろ。古典にもあったじゃないか、『ゆく川の流れはたえずして、しかももとの水にあらず』って」 「ああ、鴨長明の『方丈記』ね。その川の話、もちろん一般的なことを言っているんだけど、…
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旅行記315 高橋陽介氏の主催で大垣・関ヶ原をめぐる7 石田三成の実像3431 通説で三成の陣跡とされる笹尾山・関…

10月24日、米原の梓河内から関ヶ原に戻り、通説で三成が陣を置いたとされる笹尾山に行きました。  千田嘉博氏が最近、三成らが陣を置いたという新説を出された玉城跡(城山)が、笹尾山から遠くに望めます。もし三成らが大垣城から玉城まで移動したとすれば、かなりの距離を夜中に歩いたことになります。三成が笹尾山に陣を置いたことは、一次史料にも…
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旅行記314 高橋陽介氏の主催で大垣・関ヶ原をめぐる6 石田三成の実像3430 梓河内の石田家の菩提寺である常福寺…

 23日、みんなで梓河内に向かいました。石田三成が梓河内の石田家の血筋だと書かれているのは、妙心寺の寿聖院(三成の長男の重家が出家した寺)に伝わる「霊牌日鑑」であり、その書には、木曽義仲を討ち取った石田為久が、後に流浪して京極氏を頼り、梓河内の猪鼻城を預かり、それが三成の遠祖であると書かれています。そのことは、石田多加幸氏の「石田三成写…
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自作小説「守護神」25 第8章(その1) ※注 小説の時代設定は1970年代です

 「近い将来、この下を電車が走ることになるんでしょ」 「そうだね、出町柳と三条が地下でつながったら、随分便利になるね。もっとも、僕らには関係のない話だけど」 「そうね、お互いにあと何ケ月かの命だもんね、京都生活も」     怜子はしみじみとした口調で言った。 「電車が通じたら、君のアパートから三条まで三十分ぐらいで行けるはずだ。…
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旅行記313 高橋陽介氏の主催で大垣・関ヶ原をめぐる5 石田三成の実像3429 成菩提院・三成が出した「十三ヶ条の…

 22日、妙應寺から車でさらに西の米原市柏原にある成菩提院を訪ねました。ここも事前予約して、住職さんに丁寧な説明をしていただきました。この寺はイベントで何度か訪ねたことがあります。講演会、石田三成を主人公にした劇など。このお寺には、三成が領内の成菩提村に出した「十三ヶ条の掟書」が残っており、講演会も「掟書」に関するものでした。この時…
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旅行記312 高橋陽介氏の主催で大垣・関ヶ原をめぐる4 石田三成の実像3428 妙應寺の「関ヶ原合戦大絵巻」、徳川…

 10月22日、関ヶ原町山中地区から、さらに西の今須地区にある妙應寺に向かいました。このお寺を訪ねるのは私は初めてでした。妙應寺は事前予約して訪ねましたが、住職さんに、丁寧な説明をしていただきました。曹洞宗のお寺ですが、大本山は總持寺です。曹洞宗と言えば、永平寺が有名ですが、總持寺系統のお寺の方が圧倒的に多いということを住職さんがお…
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